第218話、魔女ラウネ


 王都図書館の閲覧スペースで、俺とディーは、幼女ラウネと向き合っていた。赤ん坊だった彼女が何故、5歳くらいの幼女に成長しているのか。


「まあ、事実だけ言えば、ワタシはアウラの複製で、別に彼女の子供というわけじゃないのよ」


 喋り方は、アウラそのものっぽいな。


「姿は自由に変えられるわ。赤ん坊でも、大人でもね」


 ふわっ、とラウネの体が成長し、黒ローブバージョンの成人アウラの姿になった。ディーはびっくりし、俺も驚いたが、同時に見覚えがあった。


「ラウネ……お前、ひょっとして夜、俺の部屋に来た?」


 俺のラウネへの確認に、ディーがギョッとしたような顔になった。当のラウネは妖艶に微笑んだ。


「そうよ。……知らなかったの?」

「ダイ様もオラクルも口が堅かったようだ」

『……』


 沈黙している魔剣と神聖剣。クスクスとラウネは笑った。


「ワタシの言いつけを守って黙っててくれたのね。いいコだわ」

「俺の部屋で何をしていたんだ?」

「ナニをしていた? 知りたい?」


 魔女は妖しく笑う。アウラに比べて、やたら色気を感じさせるのは何故なのか。俺は思わず生唾を飲み込んだ。


「ディーちゃんの前で、言っちゃう?」

「いかがわしいことでもした……?」

「いかがわしいことって、なぁに?」


 こいつ……。魔女さんは、完全にからかいモードである。俺が閉口すると、ラウネは口元に指を当てた。


「ご想像にお任せするわ。好きなように解釈しなさい」

「……」


 困るやつだ。エロいことを考えた奴がエロいんだぞ、っていうやつ。こういう場合どうするのがいいかって? 言わぬが花よ。その代わり、後でダイ様かオラクルを問い詰めることにしよう。


 ラウネは姿を幼女に戻した。


「それはさておき……アナタたちも知ってのとおり、ワタシはアウラの体の一部にドラゴンブラッドが作用して生まれた。基本はドリアードだけど、それとも別物になった……というところかしら」

「その辺りは、まあわかる」


 見てたからな。


「具体的に、アウラとはどう違うんだ?」

「まず、ドラゴンブラッドの影響で、ワタシには本体というべき精霊樹がない」


 アウラがドリアードとして精霊樹のそばでしか活動できないが、ラウネはその体自体が本体なので、精霊樹の有無は関係なく行動できるという。ドラゴンの血が、精霊樹の源と同じ働きをしているらしい。


「魔力については、精霊樹であるドリアードと同等。ドラゴンブラッドのおかげで、傷の再生や、魔力回復は早い。木属性の魔法も普通に使えるし、他の属性の魔法も、アウラの記憶を引き継いでいるから、こちらも問題ない」


 つまり、複製という言葉どおり、ほぼアウラがふたりになったと考えていいだろう。


「ただ、ドラゴンブラッドの意思、というか影響なのか、だいぶ思考が野性的に近付いていると思う」

「本能、ですか?」


 ディーが指摘すれば、幼女ラウネは頷いた。


「それが正しいかも。アウラに比べるとだいぶ本能に忠実というか、ちょっと遠慮がないというか何というか……」


 言いにくそうな顔になって、腕を組むラウネ。悩む幼女。


「客観的な自己分析だと、かなーり衝動的になっている気がする。たぶん、オリジナルより悪いコだと思う」


 自分でそれを言っちゃうところ、スゲぇな。


 俺はちら、とディーを見る。白狼族の少年はピクリと狼耳を動かした。


「それで、アウラさんは、このことを知っているんですか?」

「このこととは? ディー君」

「歳というか、姿を変えられること」

「あっはー、知られてたら、図書館まで抱っこされないわよー」


 だよな。アウラが知っていたら、『自分で歩きなさい』くらい言いそう。


「そーいうことだったとねー、ラウネ?」


 降りかかった声に、ラウネは固まった。俺とディーは視線を逸らした。ラウネが振り返ると、そこには分厚い本を持ったアウラが立っていた。


「赤ん坊のくせにやたら聞き分けがいいなぁ、とは思ってたのよ」

「痛っ!?」


 アウラが、ラウネの頭を本で小突いた。魔女帽子がぐしゃりとなる。


「いつからいた、アウラぁ?」

「アンタを抱っこしていたファウナが本棚を見ているのを見て、アンタを誰が見ているのか気になって探したのよ。姿は変われど、緑髪と魔力でピンときたわ」


 アウラは、ラウネの隣の席に座った。


「まあ、本人が自己分析できて、普通に喋られるなら本を探す手間もないか」

「いや、ワタシだって今の自分ではわからないことはたくさんあるわ」

「自分のことでしょ。そっちは自分で調べなさいな。それより――」

「それよりって言った!?」

「――セラータの件か、汚染された精霊樹の件、どっちか調べる方を手伝いなさいよ」


 アウラは言った。


「せっかくワタシが二人いるようなものなんだから。その優れた頭脳をちゃんと使わないとね」

「なら、ワタシは錬金術のほうに手を出すわ」


 ラウネは、本棚から持ってきた変換術の本を開いた。


「木魔法のことで、ワタシ、アナタよりちょっと進化しているみたいなの。本格的に錬金術と薬学に手を出そうと思う」

「聞き捨てならないわね。進化したですって?」


 アウラが眉をひそめると、幼女は不敵に笑った。


「どうもワタシ、知っている植物を作れるようになったの」


 ぐっと握った手を開くと、そこには何かの植物の種や実が出てきた。目を見開くアウラに、ラウネは口元を歪めて笑んだ。


「ポーションの素材なんかも作り放題。もう、買いにいかなくてもいいわよ」


 凄っ。俺も感心してしまった。


 ドラゴンブラッドに触れたドリアードの腕から作られた新種ドリアードは、オリジナルとは少々異なる能力を持っているようだった。

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