第217話、王都図書館


 入館手続きを終えて、アウラを中心にリベルタの面々は中へと入っていった。


「前世では結構ここにお世話になったからね。大体の場所は分かるわ」

「……守護者様?」


 ファウナが、受付を動かない俺に気づいた。


「先に行ってくれ」


 仲間たちを送り出し、俺は司書ふたりを見た。不安そう目な、いや不審そうな目で、うちのメンバーを見ている。面白くないよね、そういう差別的なのはさ。


 わかるよ。おたくら本の管理が仕事だから、心配になるのも。だが過剰反応はよくないな。


「お二人はここの人だし、どこに何があるかご存じでしょう?」

「ええ、まあ」


 若い司書は答える。俺は頷いた。


「今回、俺たちが探しにきたのは、ちょっとばかり特殊なものなんです。心当たりがあればと相談させていただきたい」

「何でしょうか」


 まず――俺は、仲間たちと一緒にいるアラクネを軽く指さした。


「彼女、呪いでアラクネに変えられてしまい、元の姿に戻る方法を探しているんですが……ここにその手の資料は?」


 司書ふたりは顔を見合わせた。俺は重ねた。


「彼女はさる騎士爵の娘で、つい先日まで普通に人間だったんですよ。悪い魔法使いに誘拐されて、改造されてしまった……。信じられます? 家に夜中やってきた悪党があなたをさらい、目が覚めたら足が蜘蛛にされたら……?」


 俺は司書それぞれを指さした。若い司書はぶるりと震える。


「それは……怖いですね」

「あの見た目のせいで、アラクネだー化け物だーって。普通の人間だったんですよ? 何も悪いことをしていない。どうです? 自分か、あるいは家族や友人……自分の子供があんな風にされたら?」


 俺は年嵩の司書を見た。


「失礼。彼女をもとに戻してあげたくて、つい熱くなりました。ひとりの人間として、神聖騎士として。……それで何か、手掛かりになるような本はありますか?」

「……」


 若い司書がすがるような目を、年嵩の司書に向ける。


「呪いに関するものでしたら、魔術関係の本が。いくつかあったと思います」


 年嵩の司書は答えた。俺は付け加えた。


「錬金術関係のものは? 人に呪いをかけた悪党魔法使いは、錬金術も使っていたようですが」

「それでしたら――」


 司書は魔術関係の隣に錬金術の書がいくつかあると答えた。なるほど。


「じゃあ、次の本なんですが――さっきの赤ん坊の件」


 アウラからファウナに抱っこ相手が代わったラウネを見やる。


「彼女、精霊の子なんですよ。木の精霊ドリアード……人間ではない」

「精霊……!」


 若い司書は驚いた。


「そう、精霊です。よく妖精が周りにいるんで、悪口を言ったりする人間にはイタズラや呪いをかけてくるらしい。……赤ん坊だからと態度が悪いと無礼だって、呪われるかもしれません。気をつけて」

「……!」

「今この瞬間にも狙われているかも」


 司書たちは唾を飲み込んだ。俺は続ける。


「で、ここからが本題なんですが、よくも悪くもドラゴンの加護を受けているんですよ」

「ドラゴン……?」

「あの子が不快だと感じたらドラゴンが飛んできます」


 ドラゴンは一度怒らせたら……わかりますね? 口に出さなくても伝わったようで、年嵩の司書は青ざめる。俺は肩をすくめた。


「すみません、脅すつもりはないんです。で、ドラゴンの呪い、血、その他ドラゴンのことがわかる本の場所を教えてくれると、助かるんですが――」



  ・  ・  ・



 受付を離れて、司書さんたちに教えてもらった棚まで歩く。本当、ここ広いな……。


「何かあったんですか?」


 ディーが聞いてきた。んー?


「ここの人に本の場所を聞いてきたんだよ」


 お前、本当は俺たちが何を話していたか知ってるだろ?


「わからないことがあれば聞く。大事だと思うよ」

「わからせたんですよね?」

「……やっぱり聞いていたんじゃないか」


 俺は苦笑する。えーと、魔術関係の棚は……こっちか。


「まあ、そうなんですけど……」

「ああも警戒されるとな。仕事なんだから気持ちはわかるが、だからといって不躾な態度や視線が許されるってものじゃない」


 物には限度ってものがある。難しい話ではあるが。


「普通は表面しか見えないからわからないんだが、見た目だけでどうこう言われるのは俺は好きじゃないんだよね」


 シャインにいた頃のルースやエルザを思い出して、ムカムカしてくるわけだ。個人的な怨恨だな。ちょっとしたトラウマになってね、これ?


「――っと、ここが魔術関係の棚だな」


 かつての仲間アルマ――改め、セラータをもとの体に戻す手掛かりは……。彼女の場合、呪いとか変身の魔法じゃなくて、改造とかそっち入っているから、解決が素人目にも難しそうなんだよな。


「錬金術って、物を変化させるって話だけど、それも影響しているのかな」

「ですね。まずは錬金術をあたるのがいいかもしれません」


 ディーも、セラータの治療のために来たのか、俺と探しものは同じようだった。


「……ヴィゴ、ちょっとその変換術の本をとって」


 今のアウラか? えっと……変換術?


「どれ?」

「お前の見ている棚の二段上、正面」

「……あ、これか」


 ちょっと手を伸ばして取る。振り向けば、そこには魔女帽子の小さな女の子がいた。5歳くらい。黒っぽい魔女服。緑色の髪はアウラと同じだが……。


「誰!?」

「ワタシでぇーす。ラウネちゃんだよー」

「ラウネ!?」


 さっき見た時は赤ちゃんだったじゃないか!


「……あー、アホくさ。とりあえず、取ってくれてありがと」


 ラウネは急に冷めた大人みたいな顔になって、俺から本を受け取った。ラウネちゃんだよー、は演技だったっぽい。


「聞きたいって顔をしているから、教えてあげる。……見た目でどうこうは嫌いなんでしょ?」


 幼女は蠱惑的な笑みを浮かべた。……何がどうなってるんだ。

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