第214話、お爺さんです
「本当にあんたなのか、カイジン? その姿は……」
ボークスメルチが驚き交じりに言えば、ベスティアボディのカイジンは腕を組んだ。
『うむ、信じられぬかもしれんが、わしは死んだのだ』
「ほっ、お迎えがきたか。ならばオレの前にいるあんたは、差し詰め幽霊か?」
『そうなるな』
「……本当か?」
冗談のつもりだったボークスメルチは、笑みが固まった。
「嘘や冗談ではないのか?」
『つい先日、肉体を失い、いまは魂となってこの機械人形の体を使っておる』
「……何があった?」
ボークスメルチは低い声で聞けば、カイジンは言った。
『話せば長くなる』
「手短に」
『正面の敵を見ていたら、背後から切られて死んだ。だが死んでも死にきれず、悪霊になるところを、エルフの姫巫女に救われ、今は弟子のヴィゴに力を貸しておる』
色々突っ込みどころが多くて、ボークスメルチは押し黙る。どれから聞くべきか、悩んでいたところ、ルカがお茶のおかわりを持ってきた。
「お父さんと、カイジンさんはお知り合いなんですか?」
「うむ……。ルカ、ちょっとそこに座りなさい」
妙に改まったボークスメルチは、近くの椅子を勧めた。首を傾げつつルカは従った。
「お前には話していなかったな。お前の母クレハの父、つまり祖父の話だ。ここにいるカイジンが、お前の祖父だ」
「え……?」
ルカは固まった。父からの言葉の意味を理解するのに、少々時間を要した。ヴィゴとドゥエーリの男たちの勝負を見ていたシィラも、ルカの祖父の事実に驚いて目を見開いている。
「カイジンさんが、私のお爺ちゃん……?」
『……』
「まったく、孫の顔も見に来んとは、あんたときたら……」
ボークスメルチが溜息をつくと、カイジンはその場に座り込んだ。
『娘は貴様を選んだ! わしが口を挟むものでもない!』
どこか怒っているようにも感じられる口調だった。ボークスメルチは、ルカを見た。
「まあ、このように、この頑固者はクレハの決めたことを尊重はしても、心からは納得しとらんということだ」
ルカの母クレハは、ボークスメルチと結婚した。常々、結婚する男は自分より強い男である――と口癖だったクレハは、若き日のボークスメルチと戦い、その結果結ばれた。戦闘民族のドゥエーリ族は、彼女の気風とも合っていた。
が、当人たちはよくても、父であるカイジンは納得できず、関係が急激に悪化。疎遠になっていた。
「……お爺ちゃんは亡くなったと聞いていたんだけど」
「そんなことオレは言ってないぞ? そもそもお前から聞かれなかったなぁ……。お母ちゃんがそう言ったのか?」
ボークスメルチが聞けば、ルカは頷いた。
「まあ、結果として――義父殿は、本当にお亡くなりになっていたというか何というか」
カイジンに向かって、拝む仕草をするボークスメルチ。今のカイジンは本体がゴーストである。
「それで、どうですか、義父殿。孫のルカは?」
『……クレハに似て、美人だ』
顔を背けてカイジンは言った。
『貴様には似ておらんな』
「ルカはお母ちゃん似だからなぁ。オレに似たところと言えば、背の高さくらいか」
むぅ、とルカが膨れた。長身はコンプレックスなのだ。フフ、とカイジンは笑った。
『クレハは元気か?』
「ああ、元気だよ。元気過ぎて困る。若い奴らを鍛えたり、母ちゃんたちで腕を競い合ったりしとるよ」
『そうか……』
その光景がありありと浮かぶのだろう。カイジンはここではないその光景を思い描く。
『ボークス、貴様、クレハ以外に女がおらなんだか?』
「あ? ナサキとコスカか? あぁ、彼女らも娶ったよ」
その返事に、カイジンが顔を逸らした。ボークスメルチに対して、気にいらない点のひとつがそこだったりする。
この国でも、またドゥエーリ族でも、ひとりの男ないし女が、複数の異性と結婚することは合法である。しかしカイジンの出身は、単婚が基本の国だったりする。
「それにしても、噂の男――ヴィゴがあんたの弟子だったとはな」
ボークスメルチは視線を庭に向け、目を剥く。
「おいおい、どうなってるんだ!?」
ヴィゴが、ドゥエーリ族の男たち複数を同時に戦っていた。決闘は一対一、複数なら同人数で、と決まっている。
それが何故、一対複数になっているのか?
・ ・ ・
これはどうなっているんだ?
俺も、正直よくわからない。少なくとも一対一だったはず。だが気づけば、次から次へとドゥエーリ族の戦士が俺に挑んでくる。
ひとり吹っ飛ばしたら、間髪を入れずに次のひとりが向かってきて……気づけば、複数と同時に戦っている。
うん、面倒だ。カイジン流ステップで隙間を抜けて、模擬剣で急所打ちィ! ひとりずつ昏倒させていく。……つか、お前はさっき負けた奴だろ!
また挑んできた野郎は、持てるスキルではたいて別の奴にぶつけて、お休みなさい。
終わってみれば、俺の周りには十二、三の男たちが倒れていた。全員ではなかったものの、挑んできた者は返り討ちにした。
これもカイジン師匠の技を会得したおかげだな。持てるスキルだけだったら、たぶん数発は食らっていた。持てるスキル全開なら負けなかったとは思うが、アンラッキーな一発で最悪やられていたかもしれない。
「……もう終わりでいいですかね?」
驚いた顔をして固まっているボークスメルチ氏に、俺は言った。族長は頷いた。
「あ、ああ。ちょっと目を離した隙に、こんなことになって……すまんかったなぁ、ヴィゴ。しかし大したものだ。強いのぅ」
そしてボークスメルチ氏は、倒れている男たちの前に立った。
「ほら、お前ら、全員そこになおれ! なんでひとりにまとめて挑んだんだ! ドゥエーリ族の誇りはないのか!?」
族長のお説教タイムが始まった。ほんと、どうしてこうなった?
なお、挑んできた男たち曰く、『戦っているうちに、クレハ母さんとの稽古をやっている気分になり、間髪を入れず挑んでしまった』のだそうだ。
クレハ母さんとは、ルカのお母さんらしい。小柄だが、大変強い人らしく、一対複数相手に無傷で生き残る猛者にして剣豪なのだそうだ。稽古と称して若者たちの相手を務めることもしばしば。
そしてさらに、クレハさんはカイジン師匠の娘だそうで、カイジン流魔断剣術の達人という。
なるほど、俺がカイジン流の動きをするから、それと連想しちゃったわけね……って、なるわけないだろ!?
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