第213話、ドゥエーリ族の男たち


「何か凄いことになってきた……」


 ヴィオ・マルテディは、リベルタのホーム二階ベランダから庭を見下ろしていた。


 突然やってきた屈強な戦士の一団は、かの有名な戦闘民族、ドゥエーリ族。最初は和やかな雰囲気だったものの、気づけば庭でリーダーのヴィゴが、ドゥエーリ族の戦士たちから勝負を申し込まれていた。


「というか、素手みたいなんだけど、ヴィゴは大丈夫なの!?」


 彼は魔剣と神聖剣を使う戦士系。騎士も格闘はできるが、基本は剣や槍などの武器がメインだ。格闘専門の戦士に有利とは言い難い。


「大丈夫じゃないですか?」


 そう言ったのは同じくベランダにいたイラ。様子見にマルモとリーリエもやってきた。


「ヴィゴ様は素手も強い――」


 イラが言った矢先、最初に戦いを挑んだ大男が吹っ飛んだ。そのあまりの吹っ飛びように、他のドゥエーリ族の男たちが受け止めなければならないほどだった。


「ええっー!!」


 ヴィオが素っ頓狂な声を上げた。


「え、え、今の見た? ヴィゴは平手だったんだけど!」


 殴ったのではない。勢いよく押したように見えた。だがそれで大男が飛んだのだ。マルモが口を開く。


「いや普通に殴ったって、あんなに飛びませんって」

「あれが、ヴィゴ様のスキルの力ですよ」


 イラはニコニコ笑みを絶やさない。


 一度飛ばされた男は再度、ヴィゴに殴りかかる。豪腕一閃。しかし、その拳は受け止められた瞬間、その巨漢を虚空に打ち上げられて、一回転し地面に落下させた。


「凄い……!」


 思わずヴィオは感嘆の声を漏らした。あくまで剣士だと思っていた。だからヴィゴが素手での戦いで、屈強な大男を投げ飛ばすなんて想像できなかった。


「これがSランク……!」


 ドクンと心臓が跳ねた。


 ――ヴィゴ・コンタ・ディーノ。……君ってやつは。


 クランの仲間たちが見守る中、ヴィゴが次の対戦相手と対峙する。


 睨み合い――と思いきや、ヴィゴから近づき、男はとっさに蹴りを繰り出した。だが次の瞬間、その足を手で受け流されて男は宙を舞った。



  ・  ・  ・



 ドゥエーリの男たちは戦慄した。


 ヴィゴ・コンタ・ディーノ――神聖騎士が、素手で一族の男たちを圧倒している。

 ふたりが挑み、投げ飛ばされた時点で、ヴィゴという男に脅威をおぼえた。


「近づいたら、やられる!」

「だが近接戦をやる限り、近づかなくては――」


 相手はドゥエーリの一般的戦士に比べて小柄で、リーチも短い。


 だが彼を攻撃しようとする瞬間、彼の間合いに入った途端、攻撃は弾かれ、逆にやられている。


「まるで渦だ……」


 3人目がヴィゴに挑み、しかし近づけずに後退する。ドゥエーリの男が下がっている。


 普通なら周りからへっぴり腰だと野次が飛ぶ場面だった。しかし周りの男たちは、下がる同族を責めなかった。


 むしろ、自分が挑んだとしても、彼と同じ行動をとってしまうのでは、と思ったから。


 近づいたら終わり。そう思わせるだけの迫力、いや圧力があった。これほど近づいてくる敵が怖いと思わせた人間は、そうはいない。


 手を出したら、見えない渦に引き込まれて終わる。そんな相手にどう戦えばいいのか?


 仲間たちの壁まで下がった3人目の男――カザーは、これ以上下がれなくなった。ヴィゴは近づく。


 間合いに入ったら殺られる!


 戦っている男のみならず、壁となって見守っている男たちですら恐怖した。


「うぉおおおお!」


 カザーは破れかぶれに突っ込んだ。両手を突き出し、ヴィゴにその両手を掴ませて力比べに持ち込もうとした。


 が、駄目だった。掴むどころか、手と手が合った瞬間、パンと弾き飛ばされた。


「……これで終わりですか?」


 ヴィゴは言った。何気ない一言だった。そもそも彼は最初から乗り気ではなかったから、これで面倒は終わったかなという心境だったのだが、そうとは知らないドゥエーリの男たちにとっては、これは挑発も同然の言葉だった。


 こと戦いに秀でた一族である。それが戦いにおいて、自分たちが相手に投げかけてきた『これで終わりか?』を逆に向けられたのだ。


 挑戦だ。煽られている。お前たちはこの程度か? 戦闘民族はこの程度だったのか?


 これには、ルカやシィラを狙っていた男たち以外の、観戦を決め込むつもりだった者たちの戦意に火をつけた。


 いや、それは戦意というよりは、一族のプライドだったのかもしれない。何故なら、そんな男たちでさえ、ヴィゴには勝てないオーラを感じていたから。


 男には、命を賭けても戦わなければならない時がある……。一種、追い詰められた心境だった。


「ヴィゴ殿、剣で勝負しましょう」


 そう進み出たのはルクトス。一族でも剣の扱いに長けた戦士。体も大きく力があり、鉄の鎧ごと一撃で切り裂く。


 剣ならば、ヴィゴの異様な素手よりも、勝機があるかに思えた。


 訓練用の剣が用意される。ドゥエーリ族用の模擬剣を受け取るヴィゴ。若干、彼には大きそうだったが、文句も注文もなかった。


「いざ――」


 ルクトスは両手剣を構えた。体格、そして剣の長さ。リーチは断然有利。相手の骨まで砕く斬撃を繰り出すべく上段に構えた瞬間、ヴィゴが踏み込み、いやすり抜けた。


 ルクトスは腹部に打たれた痛みを感じ、膝を折った。――やられた!


 ほんの一瞬の出来事だった。まるで雷の魔法が突き抜けたように。



  ・  ・  ・



 ルクトスが、まばたきの一瞬でやられた。


 ボークスメルチは息を呑んだ。


「……っ! あの太刀筋は――」


 脳裏によぎったのは、若き日に見た剣士のこと。


『カイジン流魔断剣術、イナビカリ――』


 後ろから、白き甲冑をまとった大柄の騎士がやってくる。兜で顔はわからない。中身はドゥエーリ族にも匹敵する大男だろう。


 だがそんなことよりも、カイジン流という単語に、ボークスメルチは目を見開く。


「カイジン流だと……!」

『久しいな、ボークス』

「いや、あんたの区切りおかしいし!」


 区切るなら、ボーク・スメルチだ――とボークスメルチは内心に突っ込みつつ立ち上がった。


「カイジン、あんたか!」


 姿形は違えど、因縁浅からぬ剣士が現れ、ボークスメルチは驚いた。

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