第211話、とある男の襲来


 どうせ、図書館を利用するなら、リベルタのメンバーに声を掛けておくか――そうアウラに提案したら、彼女は相好を崩した。


「そうね。ニニヤには魔法のことで勉強になりそうだし、他にも本に興味ある子がいるかも」


 話をすれば、セラータも自分の体を戻す方法を探してきたがるかもしれない。マルモも本には興味があるかもしれないが……ファウナはどうかな。ルカは来るかもだが、シィラはわからん。ネムはまず字が読めないだろう。


 一度、リベルタのホームへと帰る。王城を出たら、案の定、討伐軍の参加者たちから視線を集めた。大半がレヴィアタンの頭に気をとられていたから、あくまで見られた程度なんだけど。見せびらかすことには成功したが、変に絡まれずに済んでよかった。そう、思っていたのだが……。


 うん、俺は絡まれなかった。アウラも絡まれなかった。


 ただリベルタのホームの前で、ルカが絡まれていた。


「だから、私はあなたに関心はありませんから!」

「頼む、ルカさん! オレと勝負してくれ!」


 その男は、石畳に両膝をついて頭を下げていた。


 十代後半。軽装の戦士といったその男は、発達した筋肉の持ち主で、大きな体ではないものの、素人のそれではないのは一目瞭然だった。


「そしてオレが勝ったら妻に――」

「何を言っているんだ、これは」


 思わず声に出た。ルカが振り向いた。


「ヴィゴさん!」

「どうした? 何かトラブルか?」


 俺たちが近づくと、男が俺を見た。眉毛、ふとっ!


「ヴィゴ……もしや、魔剣使いのヴィゴ!?」

「たぶん、その魔剣使いのヴィゴだ」

『神聖剣使いじゃぞ!』


 オラクルが抗議した。……それはそれで、おたくは何者?


「なるほど、あなたがルカさんの意中の男だな! ならばあなたを倒せば、ルカさんはオレに振り向いてくれるっ!」


 どうしてそうなる? こいつは何を言っているんだ?


 どういうこと、とルカを見れば、彼女は何故か赤面している。


「ヴィゴ、勝負だっ!」


 言うや否や、男は俺に突っ込んできた。瞬時にとられたファイティングポーズ。腕の手甲を見るに、格闘家タイプ。


 俺の顎を狙っただろう一撃を、左手で受ける。タッチした瞬間、持てるスキルが発動し、ダメージが消える。そのまま男の手を掴み、引き寄せて――


「おおっ!?」


 石畳へダイブ。男は地面に腹ばいで倒れ込み、俺はその上にのし掛かっている。


「……これ何? 知り合い?」


 俺はルカに聞けば、やってきた彼女は申し訳なさそうに頭を下げた。


「すみません、ヴィゴさん。この人、同郷の幼馴染みで……」


 同郷? すると、あれか。ドゥエーリ族の――


「カバーンだ!」


 男が名乗った。


「えい、放せ!」

「いきなり殴りかかってきてそれはないだろ」


 俺は、カバーンを右手で押さえつつ、左手で奴の腕を持ち上げ――


「あがががが、やばい、それ、やばい! 腕が死ぬ! 死ぬっ!」

「降参か?」

「降参します!」

「よし」


 俺は、カバーンを解放した。持てるスキルが絡むと、途端に力加減というか作用が常軌を逸するからな。軽く、腕がもげたかもしれんね。


 俺が退くと、カバーンは膝をついたままくるりと俺の方を向き直った。


「手も足も出ませんでした! ヴィゴ様、オレを弟にしてくださいッ!」

「は……?」


 何言ってるんだ、こいつ。話がまるで見えないんだが。


「ルカ、これは?」

「えーと、たぶんドゥエーリ族の伝統のことかと。ドゥエーリの男は決闘で負けたら、勝った相手に従い、その義弟となることで自分を磨く、という……」

「へぇ……」

「ちょっと待って、ルカ」


 アウラが口を挟む。


「アナタはドゥエーリ族でしょう。何で、そこで『たぶん』となるわけ?」


 それもそうだ。俺もルカを見れば、彼女はバツが悪そうに視線を逸らした。


「それは、カバーンは……ドゥエーリ族じゃ――」

「オレはドゥエーリ族だ!」


 カバーンが叫んだ。次の瞬間、彼の茶色い髪の間から、ひょっこり獣耳が現れたのだ。アウラが目を丸くする。


「獣人……?」

「獣人で悪いかよッ!」


 カバーンが声を張り上げた。


「オレはドゥエーリ族と一緒に育った。一族の伝統を学び、一族の仕来りに従ってきた。オレはドゥエーリ族しかしらない。ドゥエーリ族だ! 誰が何と言おうと、ドゥエーリ族なんだ!」

「――お前はドゥエーリ族じゃない」


 低い男の声が辺りに響いた。決して怒鳴ったわけでも大声でもない。しかし静かでありながら周囲を圧倒する迫力があった。


 俺は振り返る。そこには屈強な大男たちが立っていた。それぞれ武装した戦士たちであり、おそらく傭兵だと思うのだが……。この高身長な連中、まさかドゥエーリ族……!


「お父さん……!」


 ルカが思わず叫んだ。お父さん?


「久しぶりだな、ルカ」


 集団の戦闘に立つ大男。身長は二メートルくらいの中年男が歩いてきた。


「元気だったか?」

「え、ええ。……でもどうしてここに?」

「ラーメ領が魔物に占領されたと聞いてな。傭兵を集めておったから、集落の戦士を引き連れて王都に来たのよ」


 じゃあ、今度の討伐軍に参加するのか。俺は改めて見上げる。


 大木のような男である。ルカも身長が高いが、その彼女が普通で感じられるほど、強く、逞しい体格をしていた。


 その男が俺を見下ろした。


「君が、ヴィゴ・コンタ・ディーノだろう? 神聖剣の勇者。いまこの国で一、二を争う強き男」

「え、あー、はい」


 王国で一、二を争う強き男とか、言われたことないぜ。で、誰と争っているって?


「オレはドゥエーリ族族長、ボークスメルチだ。君の話は聞いている。娘たちが世話になっているそうだな」

「いえ、こちらこそ……」

「うむ、それで、娘たちはもう嫁に取ってくれたのか?」

「!?」


 いきなり何言ってるのこのお父さん!?

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