第186話、髪を切り、名前を変えて


 イラから話を聞いて、アルマが俺の前にやってきた。例のメイド服姿で。スカートから蜘蛛の足が複数見えている以外は、完全なメイドさん姿だ。


「まずは、今までのことを全て謝罪させてください」


 アラクネである彼女は腰を落とした。下半身が蜘蛛である故、彼女はそれ以上低い姿勢が取れない。……こうやって見ると、アラクネの体だとベッドで寝るとか無理そう。


「ごめんなさい。――もちろん、私がこれまであなたにとってきた態度を考えれば、とても許してなどと言えません」


 自覚はあるのね。ルースにベッタリだったエルザなら、絶対そんなことすら思わないだろうけど。


 アルマは唇を震わせている。……やっぱ俺に謝ることに、彼女の心を穏やかならざるものにしているのだろう。自覚があるからこそ、これまでとってきた自分の仕打ちが自身を責めるのだ。


 どんな顔をして謝っているんだ? お前、その程度の詫びで許されると思ってるの? どのツラ下げて謝っているの?――などなど。彼女、騎士の家の出だから、余計こういうことの反動がでかいんだろうな。


「こんな醜い姿になった私を、あなたは守ろうとしてくれた。いえ、守ってくれた……! あなたはこんな私でも救いの手を差し伸べてくれた。だから、私は私が許せない!」


 アルマは頭を下げた。


「許してくれとは言いません……! でも、私にあなたへの恩返しの機会をお与えください。何でもいたします。あなたのご意思のまま、いかように――」


 騎士が主人に恭順を示すように。


「この体、この命、全てをあなたに捧げて、罪を償います。ご奉公させてください……!」


 それはいわゆる、生殺与奪も込みで、自分の全てを差し出すということか。それが本当なら、実質、他人の奴隷になることと変わらない。


 ついさっき、イラが言っていたっけ。人間は制服に弱い、って。彼女の過去話の中で、冒険者登録する時、クレリックの格好で教会のシンボルを見せれば疑われなかったって。


 メイド服姿だから、余計に俺が主人、彼女が従者感が半端ないんだよな……。これは偶然なんだろうけど――イラが、ここまで見越してメイド服を用意したとはさすがに思えないから。仕える気があるっていう本気度合いが衣装でプラスされている。


 アルマは、本気で全てを捧げるつもりなのだ。


「わかった」


 俺はそれだけ言った。ちょっと意地悪だとは思う。アルマは、何についてのわかったなのかわからず、頭を上げた。


「俺に許してもらえるように、頑張れ」

「……! はいっ」


 再びアルマは深々とお辞儀をした。


 うん、俺は許すとは言わなかった。だけどここで彼女がいくら言葉を重ねても、それで俺が『許す』と言っても、たぶん彼女の心は晴れないだろう。……まあ、別にずっと後悔してモヤモヤし続けてもらっても、俺としては構わないんだけどさ。


 何だかんだ、俺たちリベルタの庭で保護してあげようって手を貸した手前ね……。責任は取らないといけない。


 アルマは、イラに「ナイフを借りられる?」と聞いた。何に使うんだろう? イラからナイフ――国王陛下を救った功績で王城の宝物庫でもらったやつだ――を受け取るとアルマは自身の長い赤毛を掴み、ざっくりと切った。


「え、アルマ!?」


 イラが驚くのをよそに、ナイフを返したアルマは言った。


「私の覚悟の問題。前の私――アルマはもう死んだわ」


 彼女は俺に向き直ると、深くと頭を下げた。


「今から私は、セラータを名乗ります。この命、ヴィゴ様のために誠心誠意、使わせていただきます……!」


 髪を切って、親からもらった名前を捨てる。まさしく覚悟。ただ言葉だけでなく、態度でもそれを見せたのだ。


 髪は女の命、なんて聞いたことがあるけど、本気なんだな。過去の行いを謝罪して、俺に償う気なんだ。



  ・  ・  ・



 アルマ、改めセラータは、俺が認めたことで、リベルタの一員となった。


 他のメンバーは、彼女に起きた不幸を理解しているから、その加入に異議を唱える者はいなかった。髪まで切った行動を見せられれば、彼女たちにもその誠意は届いたようだ。……まあ、たぶんそこまでしなくても皆、認めていたと思うけどね。本当、みんな優しいから。


 とはいえ、リベルタの一員ということは、これからのラーメ領での魔物退治にも付き合うことになるがよろしいか?


「もちろんです、ヴィゴ様。どうぞ私をお使いください。必ずやご期待に応えてみせます!」


 うん、まあそうね……。


 シャインでの彼女の能力は知っている。前衛と中衛ができる魔法戦士。若干中途半端な面はあるが、幸いうちには腕利きが揃っているから鍛えるとして……。彼女にはアラクネにしかできない戦い方を開拓してもらうのも面白い。


「じゃ、さっそくで悪いんだけど、出かけるぞ」

「はい……?」

「冒険者ギルドだよ。クランへの正式加入の手続きがいるからな。……人前に出るのは気が引けるかもしれないが」


 メイド服を着ていても、蜘蛛足までは隠し切れない。離れていればある程度誤魔化しもきくが、近くにいれば横幅を意外と取るので、どうあって目立つだろう。


 正直、物珍しさに王都の住人に指さされたり、冒険者の中でも剣を抜いてくる奴もいるかもしれない。


「い、いえ! 行きます!」

「俺から離れるな。その限りにおいて、お前を守ってやる」

「! はい……」


 神聖騎士にしてSランク冒険者の権威をフル活用して、『このアラクネは味方ですよー』アピールする。見世物みたいだけど、珍しいのは最初だけ、とも言うしな。


 その代わり、当面は人数連れていくぞ。やっぱり人数いないと不安だ。


 ということで、カモフラージュ要員。


「イラ! ギルドまで付き合ってくれ」

「承知いたしました!」


 同じ格好をしている人がそばにいるというのは、同じグループにいるというのが、もっともわかりやすい。


 できれば、ルカかシィラあたりにもメイド服を着て一緒に来てくれると、木を隠すなら森の中的な感じになりそうだけど、服装については強制はしないし強要するつもりもない。シィラは特に恥ずかしがっていたからな。……可愛いんだけどね。


 で、同行者として。


「ゴム、ベスティア。お前らも来い」


 世間では魔物であるスライムも連れていることで視線の分散を狙う。……ま、最近じゃ町の女子供たちに愛嬌があって可愛いなんて評価ももらっているみたいだけどな。そこに屈強なベスティアがついていれば、アラクネがいるからと騒ぎ立てられないだろう。いざとなったら暗黒騎士様が何とかしてくれる、って感じ。


 後は俺が神聖騎士らしく堂々と歩けば、少なくとも周囲への不安感も和らぐだろう。


 これが当面、セラータを町中で歩かせるなら最低限のサポートとして必要だ。それだけアラクネというのが魔物として恐れられているってことだけど。まずは、その見方を変えないとな。

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