第185話、シスターとメイド


 俺とアウラは、王城へ赴き、ラーメ領偵察の報告を済ませた。


 例の汚染精霊樹のことを伝えれば、シンセロ大臣は、討伐軍の編成を急がないといけないと緊張感を漲らせていた。


 そりゃ、城にも匹敵する巨木が生えたともなれば、状況の異常さは想像できる。放置すれば、どのような災いが起きるかわかったものではない。


 とはいえ、俺たちリベルタがやることは、前回話した時と変わらない。ラーメ領を偵察し、可能な範囲での敵勢力の漸減ぜんげんである。


「――あいわかった。苦労をかけるが、ヴィゴ殿、アウラ殿。よろしくお頼み申す」


 ところで――シンセロ大臣は、俺を見た。


「ヴィゴ殿のその鎧――」

「これですか?」


 新しいやつですが、何か?


「神聖騎士らしくて、よいな。……いや、前の黒も悪くないのだが、こう、印象がね」


 シンセロ大臣は苦笑いをした。


「こちらで新しい装備をと思ったが、その必要はなさそうだな。よく似合っている」

「ありがとうございます」


 それを聞いたら、マルモも喜ぶだろうね。


 報告を済ませて、王城を後にする。リベルタのホームから妖精の籠へと移動すると――


 メイドさんが跳んでいた。


 アラクネになったアルマだ。速い、高い。あのスピードは、ちょっと人間じゃ追いつけない。


 そこで、イラが俺たちに気づいた。シスター……ではなく、こちらもメイド服である。気に入ったのだろうか? そういえば、メイド服を購入して以来、イラはずっとその格好な気がするな。


「お帰りなさい」

「ただいま。……アルマは何をやってるんだ?」

「アラクネの体でできることの検証です」


 どれくらい走れて、どれくらいジャンプできるのか、持久力はどれくらいなのか、などなど。


 改造されたのはつい最近のこと。彼女自身、現在の体でどこまでの能力があるのかわかっていないのだという。


「ヴィゴ様。彼女が、リベルタに加入したいと言ったら、迎え入れますか?」

「……」


 アルマがリベルタに……? まあ、他に行き場がないからな。実家も、アラクネになった彼女を殺そうとしたし。


「ヴィゴ様は、彼女のことお嫌いでしょうけど――」

「嫌いっていうか、嫌われていたって方が正しいんじゃないか?」


 彼女がアラクネでなければ、とっくにここからいなくなっていたと思う。


「アルマは前向きに生きようとしています」


 イラは真顔で、アルマが消えた先を見つめる。


「ヴィゴ様が助けてくれたから。自分の愚かな言動を恥じて、恩返ししたいって」

「アルマがそう言ったのか?」

「はい」


 イラはコクリと頷いた。


「ただ、彼女はアラクネの姿であることに、やはりコンプレックスを抱いています。恩返しはしたいけれど、一緒にいることでヴィゴ様に迷惑をかけてしまうのではないかと」


 ここで隠れ住むというなら、そんなことを気にすることはないだろう。だが、アルマは恩返し――つまりリベルタの一員として共に活動したいと思っているということだ。その場合、アラクネ姿で周囲の目に触れれば、リベルタに迷惑がかかる――と彼女は思ったのだろう。


 モンスターを連れている。神聖騎士のクランにふさわしくない――などなど。


 まあ、スライムがいる時点で、あんまり関係ない気もするが、心ない言葉を浴びせる輩もいるだろう。


「気に入らないな」


 神聖騎士のクランにふさわしくない? それって、見た目が合わないから、シャインを追放された俺みたいじゃないか。


 ああいう追い出され方をした俺が、クランの印象が悪くなるから、アルマを入れないなんてできるのか? ルースみたいな理由で、俺は仲間を分けたくない。俺は、あいつとは違うんだ。


「見た目で拒否はしない。断る時は、別の理由がある時だ」


 俺は、イラを見た。


「イラはどう思う? 彼女の肩を持っているようだけど、加入しても問題はないか?」

「わたしはありません。ヴィゴ様の為すがままに」

「……リベルタのメンバーで、アルマの加入に反対しそうな子はいるか?」

「メイド服を買いにいった時もそうでしたが、ルカさんを始め、皆さんアルマの境遇に同情的でした。はっきり全員に聞いたわけではないのですが、思うところはあっても、反対はいないと思いますよ」

「そうか。じゃあ、まあ、周囲から偏見の目はあるだろうけど、アルマが加入を望むならその方向へ」

「わかりました。彼女にも、そのように伝えます」


 元シャインのメンバーだったからか、同僚に対してイラは積極的に動いているっぽいな。クラン内でのアルマへの偏見が薄いのは、彼女の苦しい心のうちを代弁してくれるイラがいた影響も大きいと思う。


「ところで、イラ。お前、なんでまだメイド服なんだ?」

「あ、これですか?」


 彼女はスカートの裾を軽くつまむと、グルリと一回転した。


「以後は、この服装でいこうと思いまして」

「そうなの?」


 よっぽど気に入ったのか。


「でも、クレリックの格好しなくていいのか?」

「構いませんよ。わたし、クレリックじゃありませんので」

「……え?」


 俺は耳を疑った。違う……?


 イラはニコリと笑った。


「クレリックの格好をしていましたが、そもそもわたしは教会の人間ではないんですよ」

「何ですとー!?」


 教会の人間じゃない……! 今日一番驚いた。ずっとそっちの人だと思っていたのに!


「話せば長くなりますが、聞きます……?」

「聞こうか」


 ショックがデカ過ぎて、夜も眠れなくなるやつだ。だから深く考えることなく聞いた。


「わたしは孤児院育ちなんですよ」


 と、イラは自分の身の上を簡潔に話してくれた。家族も自分の本当の名前も知らず、孤児院で育ち、そこでシスターから治癒魔法を教わり、その他さまざまな技能を習得。孤児院を出た後は、教会のクレリックに扮して、冒険者をやって生活していた、と。


「――軽蔑されても仕方ありませんね」

「いや、まあ、色々腑に落ちたわ」


 冒険者やっているのも、お色気シスター演じて、俺からお金を寄付させようと騙し取ったり……。ただの教会関係者にしては違和感はあったんだ。


「でもまあ、過去はどうあれ、今はリベルタで仲間たちのために働いてくれているからな。深くは突っ込まないよ」

「ヴィゴ様……」


 うん、まあね。まだ心の整理がついていないんだけどさ。


「アルマのこともある。イラも手伝ってくれ」

「はい、ヴィゴ様。全身全霊を賭けて、務めさせていただきます」


 イラは深々と頭を垂れた。その所作があまりにメイド過ぎて、逆に感心した。やっぱこの娘、凄ぇ人材じゃね?

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