第182話、聖剣と兵士


 ラーメ領領主町、カパルビヨ城に寄り添うように、汚染精霊樹がそびえ立っている。


 邪甲獣の巣が精霊樹と結びついた結果の異常進化だとダイ様は言うが。


「あれがそこにあるってことは、邪甲獣もいるってことか……」

「十中八九おるだろうな」


 ダイ様も認めた。


「これは、早めに対策を考えておかねばマズいな。放っておくと始末に負えなくなるぞ」

「そうだな。……ヴィオ!」

「何!?」


 俺にしがみつくようにくっついている聖剣使いさんが、瞬きをする。


「お前の聖剣の場所……ここから感じられるか?」

「それなんだけど……」


 ヴィオが何故か周囲をキョロキョロ見下ろす。


「この近くから感じるんだ。下に、何かない?」

「下? ダイ様、ストップ。速度落として!」

「おおっ……何ぞ!?」


 領主町へ向かって飛んでいたダークバードが速度を緩める。近くって、この下は平原と湿地みたいだけど――


「川! ボートが流れてる!」


 ヴィオが指し示した。領主町にも面しているターレ川を下っていくと、一艘のボートが対岸で引っかかっているような。


「あのボートに?」

「とりあえず、行ってみて!」


 そんな馬鹿な、と思いつつ、ダークバードはボートまで下りる。上から見てもわかるが、無人である。……いや、無人か? 上に布のようなものがかかっているが。


「僕の聖剣の気配を感じる。近づいてる」

「気をつけろ」


 もしかして、誰か隠れているのではないか。岸に闇鳥は着地して、俺とヴィオは飛び降りる。近くにルカとアウラを乗せたダークバードも降りた。


「何があったの?」


 アウラの声に、静かにとジェスチャーで黙らせる。俺は神聖剣を抜き、ヴィオもサタンアーマー素材製のショートソードを構えた。


 注意しながら近づく。岸に乗り上げたボートの中には、布が被さっているが、人ひとりが隠れられそうな盛り上がりがあった。


 ……腐ったようなニオイがした。同時に血のニオイも。布の下が赤く濡れているような。


 もしかして死体か? 俺は慎重に布をめくった。うっ、死臭に鼻がもげそうだった。


 王国軍の兵士だった。セイム騎士団の紋章を付けている。うつ伏せの格好で死んでいる。首と脇腹から出血……多量の出血で死んだのか。腹に何か抱えているようだが――


「……僕の、剣だ」


 呟くヴィオ。直接遺体に触れないように俺が魔法で動かす。兵士は聖剣を大事に抱えて息絶えていたのだ。


 アウラとルカもやってきた。状況を見て、ドリアードの魔術師は言った。


「たぶん、ヴィオが封印の盾に囚われた後、敵に聖剣を渡さないために持ち出したんでしょうね」


 この兵士の判断か、あるいは上官の命令だったかはわからない。


「そして敵地から脱出するために、ボートで川下りをしようとしたんでしょうけど、その時には怪我をしていたんじゃないかしら……」

「ターレ川の流れに乗ればコーシャ湖、運がよければ他領にまで逃れられたかもしれない……」


 来る途中、俺たちはずっとターレ川を見ながら進んでいたからな。兵士がボートでの脱出を図った理由をそれとなく察した。


 俺は、決死の脱出に及んだ兵士に黙祷した。死後硬直した兵士の遺体から聖剣を回収し、ヴィオも目を伏せた。


「……ありがとう」



  ・  ・  ・



 聖剣スカーレットハートを回収した。


 領主町へ潜入とか、カパルビヨ城に乗り込まないといけないのでは……と割と最悪の想定をしていたから、正直、町の外で拾えたのは幸運だった。あの兵士には感謝してもしきれない。


 後は予定通りに帰るたけ。今度は進攻ルートの大本命と思われる街道ルート上空を逆走する。


 空はまだ怖いというので、ヴィオは妖精の籠に入った。だからダイ様のダークバードには俺だけとなった。別のダークバードにはルカとアウラとこちらは変更なし。偵察ということなので、彼女たちは自分の目で確かめようというのだ。


「あーしもいるよ!」


 リーリエがいた。妖精さんは俺の肩の上に乗っている。


「籠の中では皆、何をやってた?」


 退屈凌ぎに聞いてみれば、リーリエは答えた。


「いつもと一緒。マルモが防具を作っていたけど、何かできたみたいで変な声を出していたわ」


 それは気持ち悪いかもしれない。他は、シィラがカイジン師匠と手合わせしていて、ファウナが下級精霊を使ってセカンドホームの拡張を指揮していたらしい。


「そうそう、あのアラクネさん。体を動かしていたよ」

「体……? 運動でも始めたのか?」


 引きこもりかと思いきや、意外とアクティブ?


「何か色々。アラクネって、ジャンプ力すっごいよね。跳んだり走ったり……あ! あとお尻から糸を出してた」

「本当か?」


 アラクネの下半身は蜘蛛だから、糸は出せるか。……あれ? 蜘蛛って尻から糸だっけ。何か違うって話を、以前冒険者ギルドで聞いたことがあったような。


「ヴィゴ!」


 ダイ様が声を張り上げた。


「見えるか? 右方向――複数、こっちへ飛んでくる!」


 俺はとっさに、オラクルセイバーをそちらへ向けた。基本的に、神聖剣の飛び道具が頼りだ。空中で格闘戦は勘弁である。黒っぽい鳥のようなもの。大きい。こちらのダークバードとほぼ同じくらいか。


 ダイ様が左手を上げた。


 後方を飛ぶルカ、アウラ組にも合図する。お空からの偵察をのんびりじっくりさせてくれなさそうだ。上がってきたのは――


「闇鳥!?」

「気をつけろ、あやつらは敵だ!」


 ダイ様が警告した。向かってきたのはカラスみたいな真っ黒なダークバード。こちらへ突っ込んでくる!


「何羽だ!?」

「4!」


 リーリエが素早く数えて教えてくれた。真後ろにつかれると、攻撃しにくいんだよな。俺は体を捻り、右斜め後方のダークバードに神聖剣を向ける。


「行けっ!」


 オラクルセイバーの剣先から光が迸り、光弾がダークバードを一体、片翼を撃ち抜いて墜落させた。

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