第176話、討伐軍は――


 聖剣使いヴィオ・マルテディは、ラーメ領へ向かった討伐軍の顚末を語った。


 王都から東進し、ラーメ領はセッテの町で魔物集団と交戦して、これを撃破した討伐軍は、ラーメ侯の居城であるカパルビヨ城とその城下町へ突入した。


「討伐軍主力が城下町の敵と戦っている間に、僕とセイム騎士団の精鋭がカパルビヨ城へ向かった。でもそこで、悪魔の騎士と戦ったんだ」


 ヴィオ・マルテディの証言からすると、その騎士とはルースのようだった。


 その時の話をするヴィオはとても辛そうだった。自身の体を抱きしめ、震えを押さえながら、やや青ざめていた。怖かったのだろう。


 ルースは強く、ヴィオは追い詰められ、あの石の盾に封じ込められてしまった。


「そこからのことはどうなったかわからない……。僕は体を動かせず、暗くて苦しい場所にずっといた。ずっとこのままかもって思ったら……怖くて」


 気丈に振る舞っていたヴィオ・マルテディも、涙を堪えきれなかったようだ。やっぱあの封印の盾とやらは、ろくでもないな。


「改めて、助けてくれてありがとう。特にヴィゴ、殿。初対面で僕は、君に失礼なことを言った。本当に……ごめんなさい」


 ヴィオ・マルテディは姿勢を正して、頭を下げた。……意外に素直じゃないか。初遭遇があれだったからねえ。結構、生意気そうってイメージが強かったけど、少し評価が変わった。


 アウラが口を開いた。


「そうなると、ヴィオが盾に封印された後、討伐軍がどうなったかはわからないわね」

「ああ。僕たちは城内へ行けたけど、魔物たちも強く、時間と共に劣勢になっていった空気はあった。聖剣でないと倒せない敵も出ていたようだし……」


 ヴィオは暗い表情になった。その様子だと討伐軍について、薄々感じているようだな。俺は事務的に言う。


「ルースがシレンツィオ村に現れたことを考えれば、言いたくないが、討伐軍は負けたんだと思う」


 聖剣使いを迎え撃ったルースが、その場の戦いが終わるまで、城から離れるなんてちょっと考えられない。


 いや、逆に討伐軍が勝って、ルースが故郷に逃げ帰ってきたという可能性もあるか……?


「あの状況で勝てたなんて、思えないけど……」


 ヴィオ・マルテディは俯く。討伐軍には王都のセイム騎士団も討伐軍にいた。これもやられてしまったのだろうか。フォンテ団長……。


「王都に何か報告が来ているかもしれないわね」


 アウラが指摘した。勝敗がどうなったかはともかく、伝令が王都へ知らせに走っている可能性はある。


 勝ってラーメ領を解放していれば問題ないし、負けて以前魔物の巣窟状態ならば、王都でも次の手を打たなくてはならないだろう。


「僕は……カパルビヨ城に行く!」


 ヴィオ・マルテディは立ち上がった。


「聖剣を……スカーレットハートを取り戻さないといけないんだ! 手ぶらでは帰れない!」

「討伐軍が残っていれば、回収されているかもしれないけれど……」


 ドリアードの魔術師は首を捻った。


「現状、敵がまだラーメ領を支配している可能性のほうが高いのよ。そんなところにノコノコ行くなんて、自殺行為よ」

「でも、僕は聖剣使いなんだ! 僕の命がどうなろうと、聖剣はこの手に取り戻さないといけないんだ!」

「死んだら、取り戻せないだろう?」


 まずは落ち着けよ。……っても、無理か。ヴィオ・マルテディの言葉も、わからないでもないんだ。


 聖剣を失いましたなんて、一族はもちろん、王国から何を言われるかわかったものではない。


「とりあえず、ラーメ領の情報を集めるのが先決だと思う」


 俺は考えを告げた。


「ラーメ領から伝令が王都に来ていれば、どうすればいいかわかる。討伐軍が失敗したなら、俺たちが戦うことになるだろうし、ヴィオの聖剣も取り戻しに行くことになる」

「でも、僕は……」


 ヴィオ・マルテディは悔しさを隠さなかった。


「王都に戻るより早く、ラーメ領に戻りたい。一刻も早く、聖剣を取り戻したいんだ……!」


 焦ってるな。落ち着かないのもわかる。状況を王都で知るよりも、現地に行ったほうが早いって思ってるんだろう。


「でもアナタ、武器ないでしょ?」


 アウラが突っ込んだ。


「まさか敵地かもしれない場所に、丸腰で行くつもり?」

「……っ」


 ヴィオ・マルテディは口をへの字に曲げた。事実を突きつけられ、反論もできないって顔をしている。アウラは肩をすくめた。


「まあ、アナタは王都に顔を出さずに待っていなさいよ。情報確認はワタシたちでやっておくわ」


 要するに、聖騎士として体面が保てないから、王都に戻りたくないってことなんだろうな。実家のマルテディ家にも、聖剣を失いましたって報告が行ってほしくないのだろう。


 ぐうの音も出ないって顔をしているぜ、ヴィオ・マルテディ。



  ・  ・  ・



 俺たちリベルタは、王都カルムに帰還した。


 仲間たちをリベルタのホームへ帰らせて、俺とアウラは冒険者ギルドへ向かった。シレンツィオ村の依頼であるミノタウロス討伐の報告をするためだ。


 ギルマスのロンキドさんと会って、直接報告。ミノタウロスは複数いて、地下迷宮があって、ルースの兄ペルドルがミノタウロスを操っていたこと。ルースが怪物となり、それと戦ったことと……あと、ロンキドさんにはあまり関係ないが、カイジン師匠が殺され、その後ゴーストとなり、うちのリベルタに加わったこと。


「カイジンか……懐かしい名だな」


 師匠は冒険者ではなかったが、ロンキドさんにとってもまったく知らないわけではなかった。


 ひと通り報告を終えて、俺は関心事を切り出した。


「ラーメ領のこと、何か報告はありますか?」

「……そのことで、ヴィゴ。お前たちリベルタに話がしたいと王城から遣いがきた」


 ロンキドさんの真剣な表情。王城から呼び出しとは……内容はお察しである。


「やはり、討伐軍は失敗したんですね?」

「当たってほしくなかったほうの悪い予感が的中してしまった」


 討伐軍は壊滅した。つい昨日、王都にラーメ領から帰還した伝令が悲報を伝えたそうだった。

 ……王都には余剰兵力ない。俺たちの出番だな、こりゃ。

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