第175話、噛み合わない歯車


「――アルマよ。何と嘆かわしい姿になったものだ」


 ジャミトの町の郊外。アルマの実家、カルモ騎士爵の屋敷は、襲撃でもあったように建物に破壊の跡がいくつも残っていた。


 俺とアウラ、イラ、そしてアラクネとなったアルマは、カルモ騎士爵と面会した。魔物の体になったのはペルドルというヤツが悪いんです、と事情を説明したのだが、アルマの父親であるカルモ騎士爵は激怒した。


「敵の捕虜となり、そのような醜い姿になってなお自決すらできぬとは……! よくもカルモ家の名に泥を塗ってくれたな!」


 アルマの前に立ち、カルモ騎士爵は剣を抜いた。


「そこに直れ、恥知らずな娘め! せめて私がその呪われた体から魂を解き放ってくれる!」


 おいおいおい、自分の娘だろ!


 人の話を聞いていたのか? まさか、娘の弁明すら聞かず問答無用とか、マジかよ!


 振り下ろされるカルモ騎士爵の剣。俺は神聖剣を抜き、アルマへの一撃を防いだ。カルモ騎士爵は目を剥く。


「神聖騎士殿!?」

「さすがに気分が悪い」


 俺は首を横に振った。震えているアルマを一瞥し、カルモ騎士爵を見た。


「どうもお騒がせしました、カルモ騎士爵。あなたの娘さんに似ていると思ったのですが、どうやら別人だったようだ」


 俺は、アウラとイラに合図して、アルマを連れ出させると、神聖剣を鞘に戻した。


「あなたの娘は、死にました。……お時間をとらせて申し訳ない」

「神聖騎士殿……」


 俺は振り返らなかった。屋敷を後にして、待機していたダイ様のダークバードへ歩み寄る。イラがアルマを妖精の籠に入れた。


 最後の俺は屋敷を見たが、カルモ騎士爵は追ってくることはなかった。


「ルカ、ダイ様、王都へ頼む。俺は彼女の様子を見てくる」


 イラと共に俺も妖精の籠の中へ。入った早々、アルマがペタリと蜘蛛の足を地面につけてへたり込んでいた。


 顔は見えなくても、震えている背中を見れば大泣きしているのがわかる。


「俺が甘かった」


 まさか騎士の身分にあるものが、実の娘を殺そうとするなんて。世の中には、色んな人間がいて、褒められるような人間ばかりじゃないのはわかっている。だけど、これは――


「爵位のある家の親だったら、なんて、淡い期待だったのかな」

「蜘蛛が苦手だったのでしょうか……?」


 イラが冗談なのか本気なのかわからない調子で言った。……今のがジョークだったら笑えない。


 確かに、蜘蛛っていかにも魔物っぽい姿をしているよな。自分とサイズが近いものなら容赦なく襲おうとするし、凶暴だ。小さな数センチサイズなら、むしろ人間から逃げていくんだけど。


 複数ある細い脚もまた、黒だったり茶色だったり、毛深く、模様が不気味だったりと、見た目のインパクトはある。


 俺はアルマの前へと回り込む。


「なあ、アルマ。何て言ったらいいのか……」

「うぅ……」


 こういう時、抱きしめてあげたりするのがいいんだろうけど、あいにく、アラクネの体だと、俺の背丈だと厳しいかな。ルカやシィラくらい身長が高ければ、しゃがみこんでいるアルマとのバランスがいいんだろうけど。……そもそも、彼女は俺のこと嫌っているから逆効果か。


「とりあえず、ここは安全だ。好きなだけいていいからな」


 残された手段が、ここにいるか、出て行くかの二択しかない。……三つ目の選択肢は却下だ。自殺なんかされたら、こっちの寝覚めが悪くなる。


「ディー!」


 俺たちに気づいた白狼族の治癒術士が駆けてきた。家に帰るはずのアルマがここで泣いているのを見れば、結果は言わずともお察しだろう。


「しばらく、彼女についてやってくれ」

「わかりました」

「……彼女は、もう他に頼るものがない」

「心得ました」


 ディーが頷いた。身内がいないという意味では、ディーは経験者だ。それでいて治癒術士という専門職……精神的なものについての知識があるかは知らないが、今のアルマの境遇にもっとも共感できるのは、ディーだと思う。


 ディーに付き添われ、アルマが移動する。その後をイラがついていく。


 ……どうしたものか。


 俺が乱暴に頭をかいていると、「ヴィゴー!」とリーリエが飛んできた。


「どうした? お急ぎかい」

「あの人、目を覚ましたよ!」

「誰?」

「もう! 聖剣使いだよ、ヴィゴ。忘れたの!?」


 怒られてしまった。聖剣使いというと、ヴィオ・マルテディか。今度はこっちか。



  ・  ・  ・



 別部屋にて、寝かされていたヴィオ・マルテディに俺は会いにいった。


 先に来たらしいアウラが状況説明をしたようで、俺がやってくると、ヴィオは胸もとを隠すような仕草をした。こちらで貸した服を着ているから隠しても意味ないよ。


「見たのか?」

「俺は見ていないよ。でも性別のことなら聞いた」

「……っ!」


 そこで滅茶苦茶、痛恨な表情を浮かべるヴィオ・マルテディである。


「このことは、他には言うなよ! 絶対だからな!」

「ふうん。……なんで男装してしてんのさ?」

「聞いて何になる?」

「別に。わからないことは聞くのがうちの家訓でね」


 適当なことを言う俺。そんな家訓はない。


「ワタシも聞きたいわ」


 アウラが言えば、ヴィオ・マルテディはため息をついた。


「君たちは僕の恩人だって、妖精が言っていたからな。だから答えるけど……他には言うなよ?」

「早く言えよ」


 俺もアルマのことがあって、少しイライラしてるんだよね。


「……わかったよ。聖剣使いって男が選ばれるものだ」

「そうなの?」

「そうなの! で、女の僕が聖剣使いになったから、会った人から色々言われるんだよ。『女の聖剣使いなんて珍しいね』とか『女の癖に』とか。そういうのが煩わしいから男装していたんだよ!」


 ……なんだ、それはそれで面倒だったんだろうけど、もっとヘビーな理由かと思ったぜ。


「何だ、って顔をしてるな?」

「気のせいだろ。昔から女の聖剣使いはいたし」

「いたの!?」


 食いつくようにヴィオ・マルテディが、俺に顔を近づけた。


「雷の聖剣、ライトニングスピナーを使う騎士オルディネ・ペンデレ」

「おお、女性の聖剣使いがいたのか! ……しかし、そんな聖剣、聞いたことがないが」

「昔の話だからな。それよりも、聞かせてくれよ――」


 ラーメ領に行った討伐軍がどうなったかをさ。

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