第174話、アルマの意思


 翌日、俺たちリベルタは王都カルムへ戻るべく、シレンツィオ村を出た。


 多くの村人が、俺たちの出発をわざわざ見送りにきてくれた。温かい村だった。だが、次に来るのはどれくらい先になるのか、あるいは訪れることがあるのかはわからない。


 移動をダイ様のダークバードとルカ、ベスティアに任せて、俺は妖精の籠内に移動する。


 ファウナとその精霊たちがセカンドホームを建築中。マルモとゴムは、防具作りをしていた。


 シィラがカイジン師匠と剣の訓練をしている。シィラの得物は槍だけど、剣の練習か。頑張るなぁ。ネムとリーリエがそれを見学していた。


 俺はセカンドホーム脇の仮説住宅の様子を見に行く。ノックすればイラの声が返ってきたので、中へ入る。


 上半身は美しい女性、下半身が蜘蛛の化け物――アラクネになってしまったアルマが部屋の奥にうずくまっていて、イラがその側で椅子に座っている。


 俺らが村でお祝い会をやっている間、ひとりここでアルマを見ていたディーは、ただいま就寝中だった。……お疲れさん。


「どうだ?」

「……私を笑いにきたのですか、ヴィゴ?」


 拗ねたような声でアルマが言った。微妙に声がかすれているのは、泣きはらしたせいだろうか?


 アラクネにされてしまい、彼女は心底絶望したようだったからな。そりゃ、下半身が蜘蛛の化け物になっちまったらなぁ……。誰だってショックを受ける。


「容姿のことで、俺が人を笑うとでも?」


 むしろ、俺の方が笑われることはあった。特にルースとエルザ、そしてお前にな。


「……それで仕返しにきたのですか?」


 アルマは俺に対して、やたら刺々しい。悪いことをした覚えもないのだが、シャイン時代、やたらと冷たく当たられた。避けられていたって感じ。ルースがいる前だと特に。


「アルマ」


 傍らで聞いていたイラが、いつものニコニコ顔をやめて真顔になった。


「ヴィゴ様を挑発することはお止めなさい。いくら温厚なヴィゴ様でも神様ではないのですから」


 ……俺が温厚?


「ショックなのはわかりますし、自棄になるのもわかります。けれど、それを人にぶつけるのは感心しません」


 イラが聖職者らしく言った。シスターさんの本領発揮か。


「ぶつけてなんか……!」


 アルマはキッと睨んだ。


「ヴィゴは、私の惨めな姿を見て、ざまあみろと思っているはず。助けてみせたのも、私を苦しめるために違いありません!」


 ひどい偏見だ。……だんだん、ムカムカしてきたぞ。


「ざまあみろ、と思われるようなことを貴女がしてきた、ということですよね、それ」


 イラは淡々と指摘した。


「心当たりはありますよね? 仕返しなどと感じるのは、貴女自身がヴィゴ様にそういう悪い感情を抱いていたからじゃないんですか?」


 でも――と、イラは鋭い視線を投げかける。


「本当は貴女もわかっているはず。ここでヴィゴ様に当たるのはただの八つ当たりだと。そうやって人を煽って、自分を悪者にしていれば、頭の中がぐちゃぐちゃになって楽になれるかもしれないですが――」


 すっと、イラが息を吸い込んだ。


「甘えるな!」


 突然、シスターが声を荒げた。これには、俺もアルマもびっくりしてしまう。


「アルマ、貴女は今の境遇を嘆くあまり、自分が可哀想だと自分自身に言い聞かせたいだけです。周りを怒らせて、蔑みや罵声を浴びせられれば、悲劇のヒロインぶって自分を慰めることができますからね」

「……!」

「貴女は卑怯ですよ。自分では何一つできない半端者です。人に頼らないと自分を保てないのですから。そんなんだから騎士になれないのですよ!」

「……っ! 騎士になれないのは、それと関係……」


 弱々しく反論を試みたアルマだったが、イラの視線に耐えられず俯いてしまった。


 アルマは騎士になりたくて、家を飛び出したと聞いた。その原因は、彼女の家は女は騎士に認めないって差別のせいじゃなかったっけ。本人の能力とか性格とか関係なく、変えられない一点だけで駄目という、実に腹立たしい理由。


「イラ、あんま自分のせいじゃない部分を責めてやるな」


 俺は口を挟んだ。イラは頭を下げた。


「すみません、ヴィゴ様」

「まあ、俺の代わりに怒ってくれてありがとう」


 さすがシスターだ。本職の説教ってやつを見た気分。


「自分の境遇を考えられるくらいには、回復したわけだ」


 俺は手近な椅子を引いて座った。


「俺を悪者にすることで、自我を保てるなら、それでもいいよ。怒りとか恨みって、生きる力になるって言うし」


 俺を憎んで生きられるっていうんなら、それもいいだろ。


「……」

「ヴィゴ様……」


 顔を逸らすアルマ。イラは気遣うような目を向けてくる。俺は頷く。


「うん、俺も恨まれたら恨み返せるから、難しいことを考えなく済むかもしれない。ただムカつくし、それに時間を浪費するのは馬鹿らしいとは思うけど」


 と、正直な気分になったところで、俺はアルマを見つめた。


「それで、お前のことだけど、お前はこれからどうしたい?」


 保護した時、俺はアウラたちと、アルマの扱いについて話し合ったわけだけど、肝心の本人の意思を聞いていない。


「その姿を衆目に晒したくないって言うんなら、この妖精の籠内にいれば、少なくとも魔物扱いされて命を狙われることはない」

「……」

「実家に帰りたいって言うんなら、俺たちで送り届けてやるし、お前の家族にも、悪いのはペルドルって錬金術師の仕業だって口添えするけど」

「……憎んで、いないのですか?」


 アルマは恐る恐る言った。俺と目を合わせられないようだ。


「私たちは、あなたをパーティーから追放した……」

「思うところはあるし、悪く言われたことも忘れていない。だけど恨んではいないよ」


 だって今の俺は、Sランク冒険者で神聖騎士だ。シャインにいた頃より大出世した。あの頃の問題など、些末なものと処理できるくらいには成長したよ。


「さっき、お前が、ざまあみろと思っているはずって言ったけど……そこまでは思ってはいない。ただ、『可哀想』だって同情はしたよ」


 酷い奴だろ、俺ってさ。ざまあとは思っていないけど、冷たく接した相手である俺から同情されるって、屈辱的だと思う。


 アルマは悲しそうな顔になった。そうだろうな、これで割とプライド高いタイプだから。俺は本気で心配しているけど、そうされるのがかえって辛いこともある。


「まあ、今すぐ決められなくてもいいよ。ゆっくり考えな」


 王都に戻ったら、ギルマスと相談するつもりだったし。俺が席を立つと、彼女は抑えきれず流れた涙を指で拭いながら言った。


「――家に、帰して、ください……」


 アルマの目にどんどん涙が溢れてくる。まあ、俺のところで世話になるのが彼女的に辛いかもしれない。居たたまれないのかも。


 かといって、迂闊に外に出たら危ないしな。受け入れてくれそうなのは、家族くらいじゃないかな、やっぱり。


「わかった」


 そうと決まれば、進路変更。アルマの故郷であるジャミトの町へ行くぞ。


 ……それにしても、大変だよな。もしかしたら一生、アラクネの姿で生きていかなくちゃいけないかもしれないんだから。

 人間の社会じゃ、魔物との混合には厳しすぎる。

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