第173話、伝えること、伝わること、受け継いだこと


 シレンツィオ村に戻れば、ちょっとした騒ぎになっていた。


 門番をやっていたキャッキが、俺たちを驚いた目で迎え入れた。


「洞窟のほうに行ったはずだよな? 何で、反対側の……ホルバ屋敷の方から来たんだよ?」

「地下がつながっていたんだ」


 俺は首を振った。


「安心しろ。ミノタウロスは全部やっつけた」

「全部?」


 キョトンとするキャッキに、俺は説明した。洞窟の地下は迷宮に繋がっていて、さらにホルバ屋敷にも通じていた、と。


「ミノタウロスがいないって聞いて安心したぜ。……でもヴィゴ。お前がいない間に、村もドラゴンと魔族らしい騎士に襲撃されたんだ」

「ドラゴン?」

「騎乗用だとは思うんだが、魔族っぽい奴が、ルースの実家を襲って、夫婦を殺害した。あと、アンナが殺され、他に3人がいなくなっちまった。たぶん、ドラゴンに食べられたんじゃないかって……。んで、そいつら村の外、ホルバ屋敷の方へ飛んでいったって目撃証言がある」

「そのドラゴンは見ていないが、魔族らしい騎士は俺が倒したよ」


 ルースだろうな。魔族らしい騎士って。


「もう倒したのか!? さすがSランク冒険者!」


 俺たちはキャッキと共に、現場を確認する。アンナ――かつてルースの取り巻きだった彼女の遺体は運び出されていた。いつまでも放置しておくものでもないだろう。


 その後、村長の家に向かい、ミノタウロス退治と吹き飛んだホルバ屋敷の顛末を報告した。魔族らしい騎士は、ルースであり、実家で両親を殺害したのもあいつだと教えた。……ただ、両親がペルドルに改造されたことは言わなかった。


「何てことだ……」


 村長は絶句してしまった。村の皆にどこまで説明するのか、あるいはルースのことは黙っているかなどは、村長に一任した。


「まあ、何はともあれ、ご苦労じゃった。ミノタウロス退治をしてくれたヴィゴとお仲間にはお礼をせにゃいかん。今日は大いに飲んで、疲れを癒してくれ。お祝いじゃ!」


 ルースのことは少し考える、と村長は言った。


 そんなわけで、クエストは達成。村を脅かしていた脅威が消えたことで、宿兼酒場で村人が集まり、俺たちリベルタに感謝と祝宴を上げた。


「さすが神聖騎士様! ヴィゴ、お前は村の誇りだ!」

「かんぱーいっ!!」


 酒がどんどん出てきて、村でも祭りの時しか出されない料理が振る舞われた。ミノタウロスの角だったり、斧だったりを披露すれば、村の男たちが驚きの声を上げる。

 ……ルースに殺されたアンナの親父さんがきて、泣きながら俺に頭を下げた。


「娘の仇をとってくれて、ありがとう……」


 娘を失い、悔し泣きをする親父さん。他に殺された娘の家族は祝宴という気分になれないようで、顔だけ見せて早々に退席した。


 他の仲間たちは村人の勧めに従い、アウラやシィラ、マルモは盛り上がっていたが、ルカはやたら酒を進められて困惑していたりした。彼女の場合、村の奥様方に囲まれ、何やら話をしていた。奥様方に取り囲まれるルカ――井戸端会議かな。……リーリエ、ネム、あんまイタズラはするなって――


 だいぶ騒いだが、疲れもあったかシィラとネムは会場で寝ていたし、アウラはニニヤに絡み酒だった。ダイ様はやたら武勇伝を語っていたし、イラは村の男衆に酒を飲ませてぶっ潰していた。美人シスターが笑顔でお酌すれば、男どもはチョロかった。


 のちに聞いたところでは――


『わたし、お酌するの好きですよ。酔わせて潰してやるのが好きなので』


 お酌するを、殴りに行くと勘違いしているのでないか。清楚な微笑みシスターは案外、凶悪でした。


 俺は友人たちに、カイジン師匠の死について聞いてみた。そこそこ酔っていたキャッキも、一瞬真顔になった。


「ミノタウロス退治が終わるまで、黙っていようと思っていたんだ。黙っていてすまん」


 仕事前に俺を動揺させないようにという心遣いだったらしい。昔、俺とルースがカイジン師匠から一番熱心に剣を教わっていたから、師匠の死を知ればショックを受けるかもしれないって思ったという。


「あの人の住んでいた家は、いま空き家になっているよ」


 ただ他に家族もいなかったから、師匠が残したものは村で形見分けという形となったので、何も残っていないとらしい。


「お前だったら、あの人の剣とかがいいと思うけど、見つからなかった」

「師匠の剣なら俺たちで見つけたからいいよ」


 カイジン師匠の魂が鎧人形に宿っているって話したら、村人たちはどんな反応を見せるだろうか? 興味はあったが、人の魂で冗談とか、洒落にならないから言わずにおいた。



  ・  ・  ・



 夜中。俺は酔い覚ましも兼ねて、村の中を歩き、師匠の家に行ってみた。


「こちらでしたか、カイジン師匠」


 白いボディのベスティア2号が、家の前に立っていた。


「どうされました?」

『ヴィゴか。なに、もうここに戻ってくることもあるまいて。最後に一目見ておこうと思ってな』

「そうですか」


 月が出ていた。佇むカイジン師匠の隣で、俺も無言で小さく粗末な家を眺める。師匠は贅沢せず、質素な生活を送っていた。


 遠くでフクロウの声が聞こえた以外、静かな夜だった。


「師匠、ひとつ相談というか、話を聞いてもらってもいいですか?」

『何だ、ヴィゴ?』

「俺、あなたに剣を教えてもらいました。ただ、あなたから直接、技――カイジン流剣術の技は教わっていないはずなんです」

『うむ、わしは教えておらぬ』


 カイジン流魔断剣術――イナビカリ。ホルバ屋敷で、師匠が実際に使うのを初めて見たはずだった。


 だが俺はその技を知っている。知っているどころか、俺でもできると確信があった。


「ルースを倒した時、俺はカイジン流の技、十文字斬を使いました」

『……!?』

「この技も、あなたから教わった記憶もありません。ただ覚えていないだけで、実はあなたが使っていたのを見たのでは、と思ったのですが……。師匠は何か、心当たりはありませんか?」

『いや。わしは、カイジン流魔断剣術をお主らに見せなんだし、教えてもいない。何故ならば、魔断剣術は、魔法剣などの特殊な武器で使用することが前提の技。並の剣では自壊してしまうから、教えなかった』

「でも、使えるんです」


 俺は考える。今では頭の中に、師匠の剣術の技がスラスラと思い描くことができるのだ。見たこともないはずなのに。


 いつからだ? 最近だ。そう、技がパッと浮かんだのは、ホルバ屋敷での戦いでだ。だがそれより少し前から、剣を持ち方が無意識のうちに変わっていた気がする。


「あ……もしかして」


 墓地で、カイジン師匠の霊と握手した時。俺の持てるスキルの手は、霊に触れたが、あの時、師匠の『持っている技』も持てるスキルが『持って』しまったのではないか?


「……いやいや、さすがにそれは」


 ないだろう。あり得ない。


『いや、もしかしたら、もしかもするかもしれぬ』

「師匠?」

『わしは、お主の手と触れた時、わしの持っている技を残すことができたら、と考えた。カイジン流魔断剣術を、結局、誰にも残せなんだことが、悔いだったからな』


 そう言ってカイジン師匠は、夜空を見上げた。


『そうか。わしの生涯の技、託すことができたのだな。……ありがとう、ヴィゴ。お主は、わしの最高の弟子だ!』


 師匠……。

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