第172話、封印の盾


 結局、地下を捜索したが、ペルドルの姿はどこにもなかった。


「やっぱり、あの爆発で死んだのでは?」


 アウラの言葉に、ベスティア2号に憑依しているカイジン師匠も頷いた。


『かもしれぬな』

「一度、村に戻りましょう。……そういえば、洞窟にニニヤとベスティアを残しているから呼びにいかないとね」

「それじゃあ、私、行って来ます!」


 ルカが志願した。そのまま走らせるのもなんなので、俺はダイ様に闇鳥を出してもらって、ルカを送らせた。


 俺は、焼けて瓦礫しか残っていないホルバ家の屋敷跡を見回す。リーリエが頭の上に乗った。


「どうしたの、ヴィゴ?」

「いや……ルースの遺体があれば、せめて埋葬してやろうって思ったんだけど」


 ずいぶんと場が荒れ、瓦礫だらけ。見渡す限り、彼の遺体は見えない。爆発で吹き飛んだか、瓦礫の下敷きか。


 見渡す俺の視界の中で、ネムがテケテケと通った。……何を持ってる?


「シィラ姉ちゃん、見て見てっ! 盾、拾ったー!」


 てぃ、とシールドバッシュの真似事をしてシィラに軽く当たるネム。しかし次の瞬間、シィラの体に異変が起きた。


「う、あぁ――」


 大柄な彼女の体が不自然に歪み、盾に吸い込まれるように小さくなっていく。


「あ、シィラ姉ちゃん!?」


 ネムが慌てて盾を手放す。尋常ではない様子に周りの面々が駆けつける。


「シィラが盾に食われた!?」

「ええっー!?」


 ネムが顔面蒼白になってブルブルと震えている。


「あ、あたし、う、うわあああん!」


 号泣するネムをイラが抱きしめて慰める。こうなるなんて思ってなかったもんな。マルモがそっと、裏面になっている石の盾をひっくり返した。


「あ……」


 誰の声だったか。ルースの持っていたあの妙な盾だ。レリーフとして刻まれている女が二つに増えている。ディーが目を見開く。


「こ、こっちの人、シィラさんに似てる……」

「盾に封じ込まれたんだ。ルースの奴が持っていた」


 野郎はお断り。俺を倒したら、クランの女たちを捕まえるとか言っていたような。


「魔道具の一種ですかね?」


 マルモがアウラへと視線をやった。ドリアードの魔女は顎に手を当て考える。


「そのようね。封じ込める専用かしら? 取り込んだものを出す仕掛けとかない?」


 言われて、マルモは正面から触らないように、慎重にひっくり返した。


「ネムが持っていたから、裏面は触っても大丈夫だと思います。えーと、ネムー、これどこ触った?」


 泣いていたネムから、事情を聞く。どうやら持ち手の部分に押すところがあって。


「うりゃ!」


 マルモが変な声を上げた。すると、盾の表側がウネウネと動き出す。周りの面々が思わず一歩後ずさった。


 レリーフが盛り上がって、石だったそれが肌色を取り戻し、やがて吐き出された。


「がはっ! けほっ!」


 地面にシィラが手をつき咳き込んでいる。呼吸しようとして、まだうまくいっていないようだ。


「シィラお姉ちゃーん!」


 うわあぁ、とネムがシィラに抱きついた。イラも「よかったですね」とネムをなだめつつ、回復魔法を使う。


「大丈夫ですか?」

「ああ……」


 シィラはまだ少し呼吸が荒い。謝るネムの頭を優しく撫でて、しかしその視線は横にズレる。


 俺もそれを見ていた。シィラの横にもうひとりいたからだ。気を失っているのか、倒れているその人は――


「嘘だろ」

「ヴィオ・マルテディ……聖剣使いじゃない!」


 アウラもビックリしている。


 ルースが盾をぶん回していた時、何となく見覚えがあったのはそのせいか。でも、コイツ、ラーメ領に行っていたはずだろう?


「魔物の発生に対応して派遣された討伐軍にいたはずの聖騎士様が、何だってこんなところに?」

「盾を持っていた奴のせいなんでしょうけど。……そういえば、ヴィゴ。あの魔族みたいな奴と因縁あったっぽいけど、知り合い?」

「ルースか? この村の出身で、一応幼馴染みだった」

「あ、ルースって『シャイン』の? 邪甲獣にびびって逃げたっていうアイツ?」

「そう、その逃げたアイツで間違いないですよー」


 当時、シャインのメンバーだったイラが、ニコニコしながらキレていた。


「なんでまた、そのルースは化け物なんかに」

「さあな。わからないことばかりだ」


 俺は、ダイ様を見やる。


「あの盾、何か危なさそうだから収納庫にしまってくれる?」


 うむ、とダイ様が石の盾を収納するのをよそに、俺は改めて、倒れているヴィオ・マルテディを見下ろす。


「とりあえず、保護して、意識が戻ったら事情を聞こう。……コイツ、マルテディ侯爵のところのむす……娘だっけか?」

「そ、娘よ」

「どこからどう見ても女子であろう?」


 言われてみれば、そう見えてきた。男装の麗人ってやつか。紫の髪を後ろで束ねているが……顔立ちはやや幼い気もしてきた。


「場合によっては、侯爵のところに送り届けることになるかもな」

「気になっていることがあるんだけれど」


 アウラが神妙な調子になる。奇遇だな、俺も思っていた。


「聖剣はどこだ――か?」

「戦闘をしていたっぽいのはわかるのよ」


 イラが回復魔法を、ヴィオ・マルテディにかけている。黄金の鎧も、ヒビや破損が見てとれる。あの盾を持ったルースと戦ったんじゃないかなって思う。それで盾に封印されちまったんだと思うが……。


「戦っている中やられたのか。それとも、武器を捨てて逃げているところをやられたのか……」

「彼女は聖剣使いだぜ? 聖剣を捨てて逃げると思うか?」

「でも聖剣は見当たらない」

「ルースに没収されたんだろう。……そういや、あいつ聖剣を持っていなかったけど」


 いや、持てなかったのかな。聖剣も魔剣も適性がないと持つことすら難しいし。


 ルースとヴィオ・マルテディが戦ったとすると、普通に考えるとラーメ領だと思うが、あそこは魔物の発生し、討伐軍が送り込まれた場所だ。


 ……まさか、討伐軍はやられてしまったのではないか?


 敵対しただろうルースが、里帰りしたのは、つまりそういうことか? 聖剣使いを捕獲していたことから見ても。

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