第171話、地下にいたモノ


「屋敷は木っ端微塵だけど」


 アウラは、地下への階段を見下ろす。


「下は案外、大丈夫そうね」

「ペルドルが逃げ込んでいないか見てみよう」


 あの人は追い詰められていただろうが、本当に自殺を選んだのかはわからない。俺たちも脱出で、ペルドルから目を離している。つまり、実際に吹き飛んだところを見ていないのだ。


 俺たちは、階段を下った。ルカが周囲を見回す。


「ここって、私たちが通ってきた通路と違うような……」


 例のミノタウロスがいた迷宮に繋がっていたところから、俺たちはこの屋敷にきた。


「階段の位置が違う気がするが……。中は変わり映えしないんだよな」


 石造りの通路である。しかも小部屋がいくつもあって、その中は檻ばかりで――


「おい、ヴィゴ」


 シィラに呼ばれた。彼女が、とある小部屋に入り、その様子をネムが入り口から覗き込んでいた。


「何だよ?」


 俺が声をかけると、ネムが振り返った。


「何かいるよ」


 また合成獣の類いか? ペルドルは錬金術師だったが、生物の合成も錬金術の一環なのかね。


「ヴィゴ、見てみろよ。珍しいものがいるぞ」


 シィラが檻の前に立ち、それを見ていた。俺も近づくと――うあ、これは……。


 人間――裸の女性がいた。ただし、それは上半身だけで、下半身は異様に毛深く、複数の細い足が伸びている。


「半人半蜘蛛ってやつか。アラクネって言うんだっけ?」


 シィラは腕を組んで、檻の中の上半身人間、下半身蜘蛛の魔物を見やる。檻があるから、こっちに襲ってくることはないだろうけど。……へえ、俺も初めて見た。


 奥のほうで小さく――と言っても、蜘蛛ボディが結構大きいのだが、怯えているように見えた。ひょっとして、魔獣同士の合成ではなく、人間と蜘蛛の魔物と合成されてしまったパターンだったり?


「……?」


 あれ、何か後ろ姿に見覚えがあるような。赤い長い髪。


「え、ひょっとして、アルマ?」


 びくり、とアラクネが動いた。驚いて振り返ったその女は……! 間違いない。シャインの元メンバー、魔法戦士のアルマだ!


「ヴィ、ヴィゴ……?」


 震えたその声。暗い室内。もっとよく見ようと檻に近づく。


「そうだ、ヴィゴだ。アルマなんだな?」

「み、見ないで!!」


 彼女は悲鳴のような声を上げた。こちらに背を向け、精一杯縮こまる。


「お、お願い。見ないで、ください……! こんな、醜い体になってしまった」

「……」

「知り合いなのか、ヴィゴ」


 シィラが聞いてきた。俺は小さく首を振った。


「前のパーティーでな。シャインの元メンバーだよ。……ネム、イラを呼んできてくれ」

「りょーかい、ヴィゴ兄さん!」


 ゴブリン少女がトタトタと駆けていくのと入れ替わるようにリーリエが飛んできた。


「何だって?」

「ちょっと、知り合いにあったのさ」

「……ゲェ!」


 これ、とリーリエを軽く小突く。そういう化け物を見るような反応はよくありません。彼女がアルマなら、元々は人間だったわけで……。


 だけど、それ、知り合いだから化け物じゃないって言ってるけど、知らないヤツだったら、普通に化け物って俺も認識しちゃうんだろうな。……俺も人のこと言えないわ。



  ・  ・  ・



 イラとアウラがやってきて、アラクネとなったアルマを見せた。


 とりあえず鍵を壊し、上半身裸のアルマにマントをかけてやり、事情を聞いた。


 俺はシャインから追放された身だけど、ルースが逃亡をやらかしパーティー解散の時までいたイラなら、アルマも心を開いてくれるかと期待したのだ。


 その結果――


「アルマは、記憶を取り戻したようです」


 イラは報告した。


 超大蛇型邪甲獣ナハルとの戦いで負傷し、記憶喪失になったアルマ。その後、彼女は実家に送還されたと聞いていたが。


「何だってこんなところに?」

「わからないそうです。気づいたら、ここにいて、アラクネに改造されていたようです」


 イラが沈痛な表情を浮かべた。そりゃ、気の毒にな。家に帰ったはずなのに、気づいたら魔物の体になっていたなんて。


 ドリアードの魔女アウラが腕を組んだ。


「で、彼女をどうするの、ヴィゴ?」

「……どうしたものか」


 ここに放置はさすがにできない。かといって、アラクネの姿を外で見られたなら、魔物だと思われて攻撃されるだろう。町や村で、一緒に歩いたら騒ぎになるだろうし。


「とりあえず、妖精の籠の中に保護する」


 俺は提案した。リベルタのセカンドホームを作ろうってやってるところだけど、外部の人間はいないし、俺たち全員が認知していれば、少なくともアルマの無事は保証される。

 魔女さんが肩をすくめた。


「ずっと、そこに閉じ込めておくつもり? ヴィゴ」

「閉じ込めるとは人聞きが悪い」


 事情を知らないエルフみたいに、誘拐魔みたいな風に言わないでくれ。


「でも、そうだよな。外を歩けなきゃ、閉じ込めているのと同じか。……実家ってどうなってるんだろう? 受け入れてもらえるかな?」

「娘がアラクネになりました、って?」


 俺たちの視線が、落胆しきっているアルマへと向く。見ているだけで気の毒になってくる。ヘタな同情とわかってはいても。


「外を出歩いたら間違いなく狙われる」


 結局は出歩けないのではないのか。かといって人間ではあるわけで、野生で生きろなんて言えるわけないし、それこそ狩ってくださいと言っているようなものだ。


「俺はシャインを追放された身だ」


 正直、ルースに好意を寄せていた彼女から、疎ましく思われていて、追放の時も冷淡にあしらわれた。


「だけど、それを差し引いても、同僚だったわけで、さすにが見て見ぬフリはできんよ」

「ヴィゴは優しいな」


 シィラが、しょうがないと言わんばかりの顔になった。アウラは頷いた。


「ひとまず彼女の身柄はリベルタで預かりましょう。王都に戻ったら、ロンキドに相談して、家のこととかその時に考えましょ」


 我らが冒険者ギルドのマスターに投げてしまおう的な結論。ま、それが妥当かもな。

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