第170話、死なば諸共


 ペルドル・ホルバを探し、屋敷内を駆け回る。鉄騎士が何体か立ち塞がったが、俺とカイジン師匠の敵ではなかった。


 そして辿り着いたのは、ペルドルの研究室。


「おやおや、これはヴィゴ君じゃあないか!」


 美形の魔術師、ペルドル先生は芝居がかった態度で、俺たちを迎えた。


「久しぶりじゃないか。村にきた冒険者というのは、君だったんだね! 元気にしていたかい?」

「ペルド――」

『貴様の戯れ言に付き合うつもりはない!』


 カイジン師匠が刀を抜いた。これには、ペルドルも首を傾げる。


「おや、そのお声は、もしやカイジン殿か? これは驚きだ。あなたは死んだはずだ」

『死んでも死にきれぬのでな! こうしてこの世を彷徨っておるのだ!』

「成仏してくださいよ、カイジン殿。――それにしても、いい体をお持ちだ」


 ペルドルは、ベスティアボディに興味を持ったようだった。


「いったいどうしたんです? 私にも教えてくださいよー」

『抜かせ! 成敗してくれるっ!』


 カイジン師匠が飛び出した。その瞬間、ペルドルのそばにあった机の上のものが動き出し、立ち塞がった。魔断刀がそれを切りつけ、耳障りな悲鳴を上げた。しかし、カイジン師匠の動きを止めるに充分だった。


『ぬっ!? 貴様……っ!』

「あー、気づかれましたか? それについて」


 ペルドルが歪んだ笑みを浮かべる。


「弟が殺したというのでね、せっかくなんで、人形にしてみたんですよ。どうですか?」


 どうもこうもねえよ……。俺は背筋が凍った。


 だって『それ』は、頭が二つあって、体はひとつの化け物で――その顔は、ルースの両親だから。


『貴様は、自分の親を化け物に作り替えたのかッ!?』


 カイジン師匠が声を荒らげた。ペルドルは眼鏡のブリッジを持ち上げた。


「いやあ、だって勿体ないじゃないですか。死体ですよ、死体。そこに魂がないんですから、どうせ土に埋めるしかないんです。だったら、もっと有効活用しようと思ったまでですよ」


 有効活用……? それが自分を生んだ親の前で言うセリフかよ!?


「狂ってる……!」

「ヴィゴ君、私はつとめて冷静だよ」


 ペルドルは、感情の揺らぎもなく、きっぱりと言った。


「死んでもその体を活用してあげたんだ。私ほどの孝行息子はいないよ」

『抜かせ! うぬっ!?』


 カイジン師匠に、双頭の怪物が取り付いて、動きを封じる。死体のはずだが、醜い呻き声を発する姿はアンデッドのそれだ。


「ほら、私の両親も息子を守るために必死だ。何だかんだ言っても、親子の情というものだろう」


 親子の情? その化け物に、人間としての意識が残っているというのか?


「……ああ、その情で、ルースを迎えてあげていれば、死なずに済んだものを」


 ペルドルは壁際に立つと、ガンと蹴り飛ばした。……何やってるんだ?

 そう思ったのもつかの間、ここではないどこかで爆発音がした。


「何をした!?」

「何って、私も黙って捕まったり殺される性分じゃないんでね……。この屋敷を吹き飛ばして、君らと心中をしようかと思ったのさ」


 再び聞こえた爆発音。ペルドルは笑う。


「今から全速力で走れば、まだ間に合うかもしれんね。まあ、ゆっくりしていきなよ。一緒にあの世で話をしようじゃないか!」

「冥土にはあんたひとりで行け!」


 俺は踵を返す


「師匠! 脱出しましょう!」


 ここで死んでたまるかよ! 部屋を飛び出し、通路を駆ける。爆発音が木霊する。やべぇ、マジでこの屋敷、壊れていってる!


「ヴィゴ!」

「リーリエ!」


 突然、俺の肩もとにフェアリーが現れた。


「いったい何があったの!?」

「ペルドルが自爆を選びやがったんだよ!」


 玄関フロアに出る。二階に上がってこようとしているのはシィラとルカか?


「馬鹿! 屋敷が吹っ飛ぶぞ! 逃げろ!」

「ヴィゴ!?」

「ヴィゴさん! 無事でしたか!?」

「逃げろ! この屋敷が爆発するぞ!」


 爆発と聞いて、仲間たちは玄関から外へと脱出する。引き返すルカとシィラに続き、俺も走り、最後にカイジン師匠が現れ、二階から下へと飛び降りた。


「走れ、走れ、走れーっ!」


 後ろで大きな爆発音。熱風が背中を撫でた気がした。間に合わなかった? いやでもまだ走ってる! 加速してる! 外へぇぇーっ!


 一歩、玄関外へ踏み出した瞬間、ひときわ轟音と衝撃が背中を押して、俺の体は宙に浮かんだ。


 いや、吹っ飛んだのだ。



  ・  ・  ・



 危機一髪だった。


 衝撃で視界が一回転した。屋敷から十メートルくらい飛んだか。赤い炎が吹きあがり、飛び散った瓦礫が降り注いできたのを、超装甲盾で弾いた。……生きてる。生きてるよな?


 俺は起き上がる。見渡せば、仲間たちの姿がちらほら。ひとりずつ確認して……よし、全員無事だ。よかったぁ……。


 がらっ、と瓦礫が崩れる音がして振り返れば、カイジン師匠が、跡形もなくなったホルバ屋敷へと引き返していた。


「師匠? どうしたんです?」

『ペルドルだ』


 カイジン師匠は辺りの瓦礫の山を見回す。


『あやつが自決するとは予想外だった。本当に命を断ったのか、わしには信じられん』


 死体を確認するまでは、とカイジン師匠が屋敷跡地を探す。俺もぐるっと見回してみる。1階から上は見事に全部吹っ飛んだな。上にいたペルドルが生きているなんて、とても思えないが……。


「ん……?」


 地下への階段があった。どうやら自爆の範囲は地上のみだったようだ。いやでも、あの短時間で、この地下に逃げ込んだか?

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