第168話、恨み


 ルースは、生まれも育ちもシレンツィオ村だった。


 村でも裕福な家だったホルバ家。両親は教育に熱心で、ルースもまた幼い頃から読み書き、計算ができた。


 一方で、村の子供たちと遊ぶことがなかった。だから友人と呼べる存在ができたのは、案外遅く、それも王都から移ってきたヴィゴが最初の友人だった。


 王都生まれということもあってか、ヴィゴは村の子供たちよりも頭がよく、ルースの読み書き、計算ができることの凄さを理解して褒めてくれた。


『よかったら、おれに教えてくれよ』

『いいよ』


 きっかけはそれだった。次第に村の子供たちにも、ルースという存在が認められた。凄いヤツで、かっこいい――そこから彼が人気者になるのも時間はかからなかった。


 当時は、ヴィゴといつも行動を共にしていた。冒険者になるという彼の夢を耳にたこができるくらい聞かされ、ルースも冒険者を志すようになる。


 村に移住したカイジンという剣士から、剣を学び、切磋琢磨した。


 だが、いつからか、周囲はやたらとヴィゴを貶めるようになった。ルースを褒め称える一方、ヴィゴを悪く言う声。はじめは馬鹿馬鹿しいと思っていたが、それも積もり積もれば心境も変わっていくもの。ルースはヴィゴという存在を利用するようになっていった。


 しかし、一度はやり直そうと思ったこともあった。


 ヴィゴが冒険者になると村を出た直後だ。ルースもまた冒険者を目指していたが、両親からは反対されていた。


 だから村を飛び出した。そしてヴィゴに追いつくと、一緒にパーティーを組まないかと誘った。


 気心が知れた幼馴染みだ。同じ剣の師匠から学んだ仲だ。お互いに足手まといになることはないとわかっている。


 そう、ルースはヴィゴの実力については、今も昔も評価し続けていた。ヴィゴの剣の腕はと聞かれたら、保証できるくらい信用していたのだ。


 王都で冒険者として活動しはじめた時は、一時は冷え込んでいた友情も戻った。だがメンバーが増え、村の時同様、ルースを持ち上げ、ヴィゴが貶められるようになると、その気持ちも萎み、元の関係に戻った。


 そして、ルースは、ヴィゴを自分のパーティーから追放した。これで、ヤツの名前を聞かなくて済むと。


 この時、ルースはヴィゴが疎ましかった。それはいつも自分の評価に、ヴィゴの名前が出されたからだ。


 周りはルースを褒める。認める。格好いいと言う。ここまではいい。ここで終わってくれていれば、よかったのだ。


 だが周りは、次に『ヴィゴは――』と言い出す。目立たない、ダサい、ルースの仲間に相応しくない。


 何故、自分はあいつのダメなところを毎回毎回毎回、聞かされないといけないのだ? あいつを出さないと僕のことを評価できないのか?


 あいつはあいつ、僕は僕だ。


 ヴィゴがいなくなれば、周りは自分だけを見て評価してくれるようになる! ルースの期待はしかし、追放直後から躓く。


 ヴィゴは魔剣使いになった。王都を救った。凶悪な邪甲獣を倒した。


 パーティーからいなくなり、比較されなくなると思ったのに、ヴィゴの評価がドンドン上がっていった。


 周りはヴィゴを評価する時、ルースの名前は出さなかった。自分の時は散々名前を出したのに、逆になったら名前すら出されず、比較もされない。


 これはルースにとって屈辱だった。ヴィゴの名声が上がるほど、ルースは彼への妬みを募らせていった。


 そしてとうとう、ルースは失敗した。パーティーを失い、周囲の評価を失い、何もかも失った。


 ヴィゴは、ますます成功していった。


 ルースは、ヴィゴへの恨み、憎悪を重ねていった。自分と彼に何の差があった? どうしたこうなった?


 ひとつだけ、ルースの中ではっきりしていることがある。


 彼を、ヴィゴをこの世から始末しないと、自分に光が当てられることはない。――これ以上、比較されないために。


「僕の人生カラお前の存在ヲ消してやる! ヴィゴォ!!」



  ・  ・  ・



 意味がわからなかった。何でルースの奴は、俺を殺そうとするんだ? そんなにイラを俺のクランに取られたのが、癪に障ったのか?


 お前は、いつもいつも女の子のチヤホヤされていたじゃないか! 何が不満だこの野郎!


 久しぶりの村に帰って、こちとらSランク冒険者に神聖騎士になったのに、女の子たちは話しかけもしなかった。ルース、ルースだってよ!


 どうせお前ならどこに言ってもモテるだろうよ。頭もいいしな。腕もいいし。……くそっ、何が不満だって言うんだ!


「エ? ずいぶんと男前になったんじゃねえの? ルース!」


 灰色肌の魔族みたいな顔になっちまってよ!


 ルースの剣と、俺の神聖剣がぶつかった。


「イイ剣だな、ヴィゴ!」

「そりゃどうも!」


 剣同士の衝突。奴の持っている剣も、そこらの剣とは格が違うな。黒い剣身は魔剣の類いか?


 ルースが盾を突き出した。見た感じ石だ。なんだ、女のレリーフ付きか? こいつ、嫌味か? 女たらしめ!


「趣味が悪いな、その盾!」


 俺は一度距離を取る。正直、まだ俺は迷っている。姿は変われど、ルースと戦っているという状況に。お前は俺を殺そうとしているみたいだけど、俺はお前を殺したいほど憎んでいないんだぞ……。


「お前を、コノ盾に封じコメタりはしないサ、ヴィゴ」


 盾を前に突き出しながら、ルースは様子を窺ってくる。……え、今なんて言った?


「コノ盾は、コレクションだ。お前ヲツレ歩くなんてマッピらご免だ!」

「意味がわかんねえよ!」

「ヤッパリ馬鹿だな、お前ハ! 盾ニハ、お前のパーティーの女タチを閉じ込メテヤル。ヴィゴ、おまえはイラナイ!」


 盾に閉じ込める? 俺の仲間を? これにはカチンときた。その盾がどうやら何かの魔法的な力があるってことは理解した。だが、俺の仲間たちをやらせるわけにはいかんな!


「つか、女を盾にって、お前相当イカれてるぜ!」


 ほんと、ダセェよルース。


 負けられない。おかげでスイッチ入ったわ。ルース、お前が俺を殺しにくるのなら、俺もお前をぶちのめす!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る