第166話、とある化け物の末路


 ここは化け物の巣だ。


 肥満オーガが両手を振り上げ、ドスドスと突っ込んでくる。俺はオラクルセイバーを構える。


 武器もなく、たった一体で向かってくる。しかしその肥満ボディーの体当たりやプレスは、中々厄介かもしれない。


「ひっどいツラァー!」


 俺の頭の上にいたリーリエが大きな声で言った。やめてあげなよ、オークの中じゃ美形……なのかなぁ? 人間の目からはそうは見えないが。


『ウォオオオン!』


 肥満オーガはお怒りの様子。殺意はヒシヒシと感じる。アウラが言った。


「援護はいる?」

「大丈夫。こいつで充分だ!」


 俺は、突っ込んでくる瞬間、オーガに超装甲盾をぶつけた。哀れオーガは壁にぶち当たったトマトのように潰れ、さらに醜くなった。


『オ、オマエ――サ、エ――』


 何か言ったか? 肥満オーガが盾からズルリと滑り、地面にぶつかった。邪甲獣装甲と正面衝突して、ミンチみたくなって息絶える。


 ……何だったんだ、コイツは? リーリエが俺の肩の上に移動した。


「あっけなーい」

「だな」


 図体の割に、何とも見掛け倒しな最期だった。


「先に進もう」


 仲間たちも、異様なオーガには触れたくないとばかりに距離を取って通過した。戦利品になりそうなものは何もないし、誰も何も言わなかった。



  ・  ・  ・



「兄サン、いま帰っタよ」


 ルース・ホルバは、兄ペルドルの研究室に顔を出した。小脇に抱えた両親の死体を、テーブルに置いた。


「ルース……」


 兄ペルドルは研究や作業をする時に眼鏡をかけている。いつになく深刻な顔で、錬金術師は言った。


「お前が留守にしている間に、私の迷宮に侵入者があってね。これが中々手強いのだが……すまん、ルース」

「ナンだい?」

「私はお前に謝らないといけないことがある。お前の元恋人――エルザとアルマだったか。どっちがどっちかは思い出せんが、その片方、コーシャ伯爵の娘の方」

「エルザ」

「その娘に化け物と言われる気持ちをわからせようとしたんだが……いや、実に口の悪い娘だった。ふだん温和な私もキレてしまってね。おもいっきり醜く改造してやった上で、侵入者の相手をさせたんだが――」


 ふう、とわざとらしくため息をつくペルドル。


「返り討ちにあったよ。つまり……死んだ」

「死ンダ……」


 エルザが――ルースは、しばし視線を彷徨わせた。自分に好意を寄せて、やたらと密着してきた娘。子供の頃から、割と顔を合わせる機会があって、ルースが冒険者になると村を出た後、追ってきた彼女だ。


 いい思い出もあったが、つい先日『化け物』呼ばわりされたことを思い出し、イラっときた。


「そうか、死んだンダね、エルザは。……ドンナ死に方だっタ?」

「無様だったよ。ブヨブヨの肉塊のオーガにしてやったんだけどね。見事にペシャンコだ。ミンチより酷いよ」


 ちっとも悪いと思っていない調子でペルドルは言った。ルースの口が笑みの形に歪む。


「惨めダッタかい?」

「とびっきり醜くしてやったからね。彼女が発狂して泣くところを、お前にも見せてやりたかった。……侵入者を倒したら戻してやろうか、と言ったら一目散に駆けていったよ。馬鹿な娘だ」

「エルザはバカだった。ボクも見タカッタ」


 その醜い肉塊になったというエルザを見て、嘲笑ってやりたかった。人を化け物呼ばわりしたから、こうなったのだ。自業自得だ。ザマザ見ろ!


「それで、アルマはドウシタんだい、ニイさん?」

「もう片方の娘か」


 ペルドルは眼鏡のブリッジを中指で持ち上げた。


「発狂はしていたよ。エルザ? の方と違って大人しかったけど、自分の姿を見て、動揺していた」

「ドウいう化け物にシタんだい?」

「ルースよ。私はキマイラのような合成獣を作ることができるのだ。そして今回、彼女に施したのは――」


 よくぞ聞いてくれたと胸を張るペルドルだったが、研究室に一つ目の金属人形が飛び込んできた。


『ゴ主人様、タイヘンデス! 侵入者タチガ屋敷ヘ入ッテ参リマシタ!』


 やかましく金属人形が言った。そうだった、とペルドルは唸った。


「のんびり話している余裕はなかった。この侵入者を何とかしないと……」

「ボクが行コウ、兄さん」


 ルースは頷いた。


「人ノ屋敷に侵入スルなど、ソンナ悪イヤツらは片付けナイとね」

「頼めるかい、ルース」


 ペルドルは眉を下げた。


「連中は私のミノタウロスやキマイラも退けている。手強いぞ?」

「任せテ。僕ハ強い」


 ルースは脇に置いてあった封印の盾を取る。閉じ込めていたエルザとアルマを出したので、残っている女性の上半身はひとりになっていた。


 研究室を出て行くルース。それを見送るペルドル。


「使える駒は使うとして……ジェントル」

『ハイ、ゴ主人様!』


 金属人形が答えた。


「使える人形をすべて出してルースを手伝ってやれ」

『カシコマリ!』


 金属人形がバタバタと出て行く。ペルドルは視線を彷徨わせ、ふとテーブルの上の両親の死体に気づく。


「……」


 腕を組み、しばし眺める。この時、ペルドルの思考に、弟のことや侵入者のことは微塵も浮かばなかった。


 欠損している部位は、他の動物の手足を移植するか。それとも金属人形の部品を組み込むか。


 パラサイト・バグを使えば、すぐに動くか……。


 そこで、キマイラが脳裏に浮かび、ペルドルはポンと手を叩いた。


「そうか、合成してしまおう!」

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