第162話、サソリもどきの脅威


 壁が突然スライドしたことで、パーティーが分断された。とっさに身を引いたことで、ネムは九死に一生を得る。


「いったい何? 何よこれ!?」


 リーリエが喚いた。ルカが壁に触れて確かめる。


「ヴィゴさんたちは向こう。この壁は――」


 その時、ネムは上から微かな物音に気づき、顔を上げた。何かワサワサしたものが落ちてきた。


「ギャッ!?」

「ネム!?」


 ビックリし過ぎて変な声が出た。だがそれどころではなかった。その落ちてきたものが肩に当たり、くっついてきたのだ。軋むような声――虫か、何かの生き物に飛びつかれたのだ。


「にぃー! 痛っ!?」


 払おうとしたが、妙な固い感触に阻まれた。そして首の後ろを噛まれた。気持ち悪かった。そして痛みでパニックになる。


「ネム! しっかりー!」


 リーリエの声。するとゴムが体を伸ばしてネムの首もとに触れた。もがいていたところを押さえられ、動けなくなったが、噛まれた痛みが和らいできた。ゴムがくっついている虫を剥がしてくれているんだと気づき、ネムは大人しくした。


 ややして、ゴムが離れた。自由になったので、ネムは噛まれたところを触ってみる。血がついている。だがあの固い感触はない。ゴムが取り除いてくれたのだ。


「ありがと、ゴム!」


 言葉が通じているのかいないのか、ポンとかすかに黒スライムが弾んだ。


「ルカ! ルカ! 大丈夫!?」


 リーリエが悲鳴じみた声を上げた。ネムも振り返る。


 ルカが四つん這いになっていた。首後ろと胸の上あたりに、クモのような虫がとりついていた。


「……ルカ姉……っ!?」


 ルカの肌に虫の足が食い込み、出血している。足が触手のようにルカの体に絡み、食い込ませる。


「……くぅ……。ネ、ネム、逃げ、なさい……!」


 苦しげな声を発するルカ。苦痛に歪んだその顔。しかし彼女はゆっくりと上体を起こし、魔法剣ラヴィーナを手にする。


 その刃がネムのほうに向いた。だがすぐに小刻みに震え、止まる。


「ネム、逃げ……て……!」


 体が乗っ取られた。いや、ルカはそれと戦っていた。ルカに取り付いたサソリもどきが、体を支配しようとしている。


「ルカ姉さん……! うわっ」


 ゴムがネムの下に潜り込んで彼女を持ち上げた。その瞬間、ルカが剣を振り上げ、しかし振り下ろすのを必死に拒む。その間にゴムがネムをポンポンと弾みながら移動させて、ルカから距離を取ろうとする。


「ゴムちゃん! ルカ姉さんが――」


 あのままではマズイとネムは察した。あの変な虫のせいでルカがおかしくなってしまう。何とかしないと――でも、どうやって?


 ドンっ、と轟音がした。壁が動いた。


「ルカっ!」


 ヴィゴの声がした。壁の向こうにいた彼の姿が見えた時、ネムは心底ホッとした。


「ヴィゴ兄さん……!」



  ・  ・  ・



 ――時間は少し戻る。


 壁が俺たちの退路を塞ぎ、ルカたちを引き離した。


 その壁はダンジョンの壁であり、ダイ様の6万4000トンパワーを持ってしても破壊できなかった。物理に無敵の耐性でも持っているのか。


 分断され、不気味なサソリもどきを蹴散らした時、リーリエが壁の向こうから瞬間移動して、ルカたちの危機を知らせた。


 あのサソリもどきに食らいつかれると、おかしくされる。こちらでも同じように襲われたから、説得力はあった。


「でも、この壁、破壊できないでしょ!」


 アウラは眉をひそめた。助けに行きたいが、こちらは進む以外に道がない。それはルカたちと離れることになり、ゴムはともかくネムが危ないし、ルカを一刻も早く助けないといけなかった。


「ルカは大切な仲間だ! 絶対、助けるんだ!」


 俺は怒鳴っていた。くそ壁め! 俺は剣を離し、両手を壁についた。


「ヴィゴ……」


 シィラが同じように焦燥にかられた顔をする。ファウナが呻く。


「……しかし、守護者様」

「助ける!」


 この壁一枚なんだよ! 俺たちを隔てるものなんてさ。この壁は動いた。だったらさあ、『持てる』よなあ、俺のスキル!


 魔剣の6万4000トンだって持てる俺のスキル! 重さも関係ない。やってみせろよ! どんなもんだって持てるだろうが!


 メキメキ、とするはずのない音が聞こえた気がした。そして壁が、スライドしてきた逆方向へ動いた!


「やった!」


 シィラが声を弾ませた。だが俺はそれどころじゃなかった。


 すごそばに、あのサソリもどきに寄生されつつあるルカがいたからだ。あのサソリもどき、体が大きくなっていないか? 


 俺はそのままルカに駆け寄り、彼女の胸の上と首の後ろに食らいついているサソリもどきを掴む。


「ヴィゴ、さん……!」

「待ってろ! 今助ける!」


 がっつり食い込んで離れないサソリもどき。ルカの肌になんてことを! 痛いだろうけど、これ以上食い込ませたらもっと危ない。持てるスキル、こいつを分離して――こうだ!


 ウルラート国王陛下の体から呪血石を取り出したように! 俺はサソリもどきをルカの体から引き離した。


 食い込んでいた足が抜けるが、それと共にルカの傷から血が溢れる。


「ディー! 回復魔法! 急げ!」

「はい!」


 ディーが駆け寄り、俺はサソリもどきを手に一匹ずつ持って離れる。リーリエも癒やしの粉をルカに振りかけ、ファウナも舞った。


「……森の妖精よ。我がもとに集い、傷ついた者たちを癒せ――」


 抜いたせいとはいえ、結構出血しているけど大丈夫だよな……?


 矢とか刺さったらその場で抜かないほうがいいって言われている。出血で死ぬ場合もあるからだ。


 けど、時と場合によるだろう。このサソリもどきは取りついて大きくなっていたようだし、早く取り除かないとヤバイんじゃないかって思ったが……。


「……ヴィゴ兄さん」

「よう、ネムとゴム。無事だったか?」


 ゴムの上にネムが乗っていた。見たところサソリもどきはついていないので一安心。後はルカだが――


「ヴィゴさん。ルカさんは、大丈夫そうです」


 回復が間に合ったようで、ディーが知らせてくれた。……ふう、よかったぁ。

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