第163話、合成獣


「それにしても、壁を持ち上げるなんてねぇ……」


 アウラは、引っ込んだ壁の後を見やり苦笑した。


「正直、ヴィゴが錯乱したのかと思ったわ」

『必死じゃったのぅ』


 オラクルが、からかうように言った。


『助ける!――じゃったか? 主様も男だったのぅ」


 やめろよ、皆の前で。恥ずいじゃねえか。


「あー、羨ましい」


 シィラが肩をすくめた。


「あたしの窮地の時もこんな風に助けて欲しいものだ」

「強いお前が窮地になることなんてあるのか?」


 照れ隠しでやり返したら、シィラはそっと視線を逸らした。


「ま、まあ、あたしは強いからな。早々に後れはとらんが……でも」


 頬を赤らめて、シィラは顔を背ける。


「あたしが危機に陥ったら……さっきのように、助けて、くれ……」


 めちゃくちゃ照れながら言うものだから、俺もムズっときた。ふだんの頼れる女戦士じみたシィラから、まさかこのような反応が来るとは。


「あー、シィラ、顔まっかー! うけるー!」


 リーリエが笑う。シィラは「うるさい!」と妖精さんを捕まえる。


「あー、はいはい、ごちそうさま」


 アウラが背を向けた。


「ファウナと周りを警戒してるから、ごゆっくりどうぞ」

「あたしも警戒するぞ!」


 シィラも周辺警戒へとつく。ここはダンジョンだから全員が気を抜いていてはいけない。その点、ファウナとネムとゴムは真っ先に見張りに立っていた。


 俺は、いまパーティーが停止している理由である、ルカとディーのそばで膝をついた。


「どうだ?」

「え、ええ、大丈夫です……っ」


 ルカが赤面している。あれか、俺があのサソリもどきから助けたから惚れちゃった?


「……」

「ディー、何か言ってくれ」


 ルカが押し黙ってしまったので、ちょっと気まずかった。


「治癒が効いたので、傷は残っていますけど、たぶん継続して治療すればもとに戻ります」

「よかったな、ルカ」


 乙女の肌に傷が残るのは本人的にも嫌だろうし。


「今は出血したので、あまり派手に動かないほうがいいです」

「だそうだ、ルカ」


 ダンジョンのど真ん中だから、入り口まで戻るのは難しいけど。前衛はさせられない。

「すみません。足を引っ張って……」


 ルカが暗い顔でうつむいた。ほんと、真面目なんだから。


「誰だって可能性はある。今回はルカだったってことさ。気にするな」


 俺は立ち上がる。


「戦いになったら、ルカはどうせ参加するだろうから、移動はゴムに乗っていけ。弓はいいけど、剣はなしな」


 はい、とルカは頷いたけど、あまり調子はよくなさそう。これが血が足りない影響なのか、普通にへこんでいるのか……たぶん両方だろうな。無理はしてくれるなよな。


 さあ、出発だ。


 ダンジョン内のミノタウロスの掃討……あと何体いるかしらんけど。


「それにしても、あの虫みたいの何かしらね」


 アウラがサソリもどきを思い出したか顔をしかめた。


「人に取りつくなんて、気味の悪い生き物。あんなのは初めて見るけど」


 前世がSランク魔術師だった彼女すら知らない魔物とは……。このダンジョン、ただのミノタウロスがいるだけの迷宮じゃないってか。



  ・  ・  ・



 長い長い通路を歩いた先に、ようやく広い空間に出た。


 耳をつんざく咆哮。化け物が待ち構えていた。


「なんだこれ……!」

「キマイラ……!」


 アウラが呟いた。


 ライオンの頭を中央に、右に山羊、左にドラゴンの頭がそれぞれあって、背中には巨大な翼がある。逞しい胴体に四足、さらに尻尾は大蛇と、モンスターを無理やりくっつけたような、まさしく化け物がいた。


「気をつけて。ワタシの知っているのと少し違うけど、キマイラなら口から炎を吐くからね!」


 ドリアードの魔女が警告してくれる。俺は超装甲盾を手にキマイラの正面に陣取る。炎を吐くって? 迂闊に飛び込むと危ないってことか。


 なら、魔剣よりも距離を選ばない神聖剣の方がいいか。俺は剣を持ち替える。


 その間にアウラが先制の氷魔法アイスブラストを放った。ルカも弓から矢を撃つ。しかし、これらの攻撃は、キマイラに当たり、怯ませたが、致命傷にはほど遠い。


 咆哮。面の皮は厚そうだ。


「食らえよ!」


 オラクルセイバーから電撃が弾けた。サンダーボルトが獅子顔に直撃! するとドラゴンヘッドが紅蓮の炎を吹き出した。


 やべっ! 盾で防御。俺の後ろには、離れているとはいえ、ファウナやルカがいる。避けてくれるかもしれないが、防ぐのも前衛のお仕事。


「あちっ、あちち!」


 直接は触れないが高温の空気が肌をひりつかせた。超装甲の邪甲獣板でなければ、盾でも防げたか怪しいな。


 山羊頭も炎――ファイアブレスを吐き、シィラは後退する。盾なしだから、こういう時、シィラは下がるか回避するしかない。サタンアーマー製の防具は、おそらくこのブレスさえ無効なんだろうけど、顔などの肌が露出している部分はそうはいかない。


 守勢に回ってもいいことはなさそうだ。だったらさっさと決める!


「オラクル、やるぞ! セブンソード!」


 神聖剣に光が走る。ゴブリンキングを仕留めた聖剣七連撃が、巨大なキマイラに殺到する。光が、雷が、氷が、風が、水が、炎が、大地が刃を突き立て、魔獣を切り刻む。


 天に響く絶叫。悶えるキマイラ。……こいつ、まだ動くか!


「ヴィゴ、あたしが肉薄する!」


 シィラが、トドメを刺すべく駆ける。……そういうことなら。


「シィラ、乗れ!」


 俺はダッシュブーツで加速。シィラの前で超装甲盾を水平にする。これで伝わるか?


 シィラが前へジャンプした。意図は伝わった。盾の上に乗ったシィラを、俺は踏み台よろしく盾を持ち上げた。


「行っけぇ!」


 即席の踏み台で飛び上がったシィラは魔法槍を突き出し、ダイブアタック。――と、キマイラの尻尾である大蛇が動いた。


 セブンソードの死角にいたため無傷だったのだ。シィラへと伸びるキマイラの尾。


「やらせません!」


 ルカが矢を放つ。強弓一閃。大蛇の目を矢が射抜き、その軌道がズレた。その間に、シィラはキマイラの胴体に魔法槍タルナードを突き立てた。


「弾けろっ!!」


 風の魔法槍が体内からキマイラを掻き回した。派手な血しぶきを上げて、巨大合成獣は果てたのである。

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