第160話、突進の猛牛巨人


 石造りの通路を進む。今のところ一本道である。長い長い通路を行く。


 周囲を照らす松明。リーリエがその数を数えていたが、すぐに諦めた。一本道だが、曲がり角が多く、ダンジョンの中を右へ左へ歩かされた。


 そして、こう一本道だと、基本敵は回避しようがない。


「ミノタウロス!」


 猛牛のような角、頭を持つ人型巨人。身長は3メートルほど。筋肉が発達したムキムキのボディ。どでかい巨大な斧を持ち、鼻息荒くこちらに向かってくる。


 突進。一本道の通路である。左右に避けるのは、物理的に至難の業。


「ヴィゴ!」

「跳ね返す!」


 俺は一歩前に出て、超装甲盾を構える。普通なら体格差とパワー、加速の加わった一撃に、盾を構えようとも吹っ飛ばされるのがオチだ。


 だが持てるスキルと、この実質壁に等しい重量と、邪甲獣装甲の頑強さなら……。


 ズゥンと重々しい轟音に対して、微弱な衝撃が手に伝わった。


『ヌォォォオオン!』


 ミノタウロスが吼えた。さすがの石頭でも痛かったらしく、巨漢のミノタウロスがのたうっている。


 さすが超装甲盾、ビクともしないぜ。


「シィラ!」


 魔法槍タルナードでシィラがミノタウロスの胸を貫き、風魔法を発動させた。体の中をグチャグチャにシャッフルされ、牛頭の巨人は息絶えた。


「よくやった、シィラ」

「ミノタウロスは初めて見たが、思っていたよりデカいな」

「それな」


 俺も討伐対象が想像より大きくて、びびったわ。……とりあえず、これで討伐完了か? この地下ダンジョンの奥まで行かなきゃいけないと覚悟していた。


「案外早くケリがついたな」

「ヴィゴさん! 後ろに!」


 後方を警戒していたルカが叫んだ。


「ミノタウロスが!」

「1体だけじゃなかったのか!?」


 おいおい、複数なんて聞いてないぜ!


「早くケリがついたって?」


 シィラが皮肉った。まずい、後ろから現れたミノタウロスが突進のモーションに入った。後ろには壁はないっていうのに!


「樹木よ! 壁となり、敵を阻め!」


 アウラが木魔法でミノタウロスの突進コース上に壁を複数形成した。しかし猛牛の突進が、丸太のような木の壁を次々に砕いた。


「それなら、ストーンウォール!」


 石壁を展開。しかし、これもミノタウロスは粉砕する! 何てパワーだ!


 そこへゴムがルカの前に飛び出した。そしてその場で1メートルほどの壁になった。


 駄目だ! それじゃミノタウロスは止まらない!


 黒スライムの壁を踏みつけ、そのまま突っ込む猛牛巨人。だがその足が、下半身がすっぽりゴムの体に埋まり、そのまま床に派手に突っ伏した。


「おお、ゴムちゃん、ナイスっ!」


 アウラが指を鳴らした。倒れたミノタウロスの頭のすぐそばに、ルカが立っていて――


「ええーいっ!」


 魔法剣ラヴィーナによって、その猛牛頭が両断された。まさにピッタリの位置だった。


「ほんと、やるじゃんか、ゴム。ルカも、よくトドメを刺した!」

「いえ、ゴムちゃんが前に出てくれたからです」


 褒めたら、ルカは照れながら謙遜けんそんした。


 ゴムが倒したミノタウロスを捕食し、ふらりと現れたダイ様が、俺とシィラで倒した方のミノタウロスの死体を収納庫に回収する。


 アウラは腕を組んだ。


「後ろから来たわね。一本道のはずなのに」

「……おかしいですね」


 ファウナも同意した。ディーが耳をすましている。


「もしかしたら、このダンジョン、仕掛けがあるかも……」

「仕掛け?」

「はい。先ほどから、何か変な音が遠くからしているんです」


 変な音とは? 


「壁が動いているような、ゴゴゴッというか、ガガガッって言うか――」


 いまいちピンとこなかったが、アウラは首を傾げた。


「仕掛け扉があるって言うなら、ワタシたちが通ってきた道から現れたっていうのも、一応説明がつくわね」

「どうするんだ?」


 シィラが問えば、ドリアードの魔女は肩をすくめた。


「進むわよ。討伐対象だったミノタウロスが2体もいたんだもの。まだまだいるかもしれないし、最後まで探索しないと、依頼完了にはならないわ」

「そりゃそうだ」


 俺は正面を見据える。


「しかし、直線コースで突っ込んでくるミノタウロスなんて、普通のパーティーだった轢き殺されて終わってるぞ」

「でも対策は取れるでしょう? あなたとゴムが、前と後ろにいて、ミノタウロスの突進を止めてしまえば、後は皆で対処できるわ」

「そういうことだぞ、主よ」


 ダイ様がやってきた。


「ほれ、ミノタウロス相手なら、神聖剣より我のほうが一撃でやれる。交代せい」

『わらわでは不足と申すかえ、姉君よ』


 右手のオラクルセイバーが不満を言う。ダイ様は笑った。


「適材適所というヤツだ。ほうら、わかったら代われ代われ」

『しょうがないのぅ』


 何か魔剣と神聖剣で勝手に話が決まったらしいので、オラクルセイバーを鞘に収め、手にダーク・インフェルノを握る。


 さあ、気を取り直して、ミノタウロス退治を続行。果たして、このダンジョンには、あと何体、残っているんだろうかね。



  ・  ・  ・



「ふーん、侵入者が私のダンジョンに入り込んでいたとはね……」


 錬金術工房にいたペルドル・ホルバは、水晶球のような魔道具を覗き込む。そこに映り込んでいるのは、冒険者パーティー。


 人間中心のようだが、耳が尖っているのはエルフか。それに黒いスライムを連れているようだ。随分と変わった一団のようだった。


「ミノタウロスを餌に、王都の冒険者を釣り上げたが、こうも早くお客さんが来てくれるとはねぇ……」


 ペルドルはニンマリした。


「飛んで火に入る研究素材ってね。歓迎しようじゃないか――」

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