第155話、師匠の魂
カイジン師匠、ルースの兄貴に殺された!
霊となっている師匠本人の言葉に、俺は衝撃を受けた。
『わしはあの日、村の近くを警戒していた。ここ最近、特に一般人には危険なモンスターの目撃例が増えておったからな。その途中、凶暴なミノタウロスを目撃した』
「ミノタウロス!」
俺たちが村へ来た理由――討伐対象だ。
『わしは、村を守るため、ミノタウロスに挑もうと思った。だが、他にも敵が潜んでおった。そやつに不意打ちを受け、わしは致命傷を受けてしまったのだ!』
師匠の不意を……。それがルースの兄貴のペルドルだと? いや、まさか……。
俺の知るペルドル・ホルバは、『先生』と呼ばれる魔術師であり、若くしてとても頭のいいお兄さんだった。弟のルースと同様、美形であるが、周囲のことより研究が好きな人物だった。
『一生の不覚よ。わしを後ろから倒した者の姿は見えなんだが、直後にペルドルが現れ、死に逝くわしの体から心臓と、我が剣を奪ったのだ』
「心臓?」
『何やら素材に使うとほざいておったがな……。わしを殺したのも、ペルドルの手の者だろう』
何でまた……。わからない。カイジン師匠を殺して心臓を奪うって、ちょっと意味がよくわからない。
ファウナが口を開いた。
「……その、ペルドルという人は、錬金術師でしょうか?」
錬金術――元素や素材を元に、別の物質や生き物を錬成する魔術師、だったか? 俺もあまり詳しくはない。
『うむ、ペルドルは魔術師ではあるが、錬金術も研究しておったと聞く』
カイジン師匠は答えた。師匠の心臓を、その錬金術に利用するという解釈でいいのか。そのために師匠を殺したのだとしたら、ペルドルは人としておかしくなっていないか?
『わしが死んだのは己の不覚。しかし、奪われた剣は我が一族の命。これがあやつの手にあるのだけは、死んでも死にきれぬ!』
あぁ、それがカイジン師匠が、現世に留まり続けた理由か。そういえば師匠、いつも剣を持ち歩いていた。ただし、俺は師匠が剣を鞘から抜くところを見ていない。教えてもらっていた時は木剣だったし。
「じゃあ、俺が、師匠の剣を取り戻しますよ」
何でルースの兄貴が、そんな凶行に走ったかわからないけど、このままにしちゃいけないだろう。何せ、人を殺したんだ。錬金術の素材か何かのために。
『かたじけない』
カイジン師匠が声を落とした。
『自分の不始末をお前に託さねばならぬのは、不甲斐なし……!』
「……よろしいでしょうか?」
ファウナが、小さく手を挙げた。
「……このような話をするのも心苦しいのですが、カイジン様のこれからについて大事なお話があります」
「何だ、ファウナ?」
「……カイジン様の魂が現世に留まってしまっています。今はわたくしの降霊術によって、こうしてお話しできますが、いずれそのお姿も声も聞こえなくなるでしょう」
『うむ』
「ですが、天に召されるわけではなく、この場に留まり続けます。……本来、死んだ時に天に召さねばならなかったのに、それができなかったのですから」
「それが問題なのか?」
よくわからないな。
「……誰からも相手にされない孤独は、負の感情、闇の魔力を引き寄せます。……それはやがて、モンスターであるゴーストやレイスという形となって、周囲に害をもたらすことになりましょう」
最初に見えるようになった時、カイジン師匠の魂はおぞましい声を発した。今はもう普通に話しているが、現世に留まり続ければ、悪霊、怨霊の類いになってしまうのか。
「何とかならないのか?」
「……方法は二つあります」
ファウナは淡々と指を2本立てた。
「……ひとつは、浄化魔法で浄化すること。もうひとつは、わたくしと契約を交わし、守護者様のための力となることです」
え……? 何かさらりと凄いこと言わなかった? 一つ目はわかる。霊を浄化し天へと導く。現世での完全なる死を迎えることだ。お迎えが来ないんだから、こっちから送り出してあげようってことだろうけど、二つ目は――
『守護者の力とは?』
カイジン師匠も、当然の疑問を口にした。対してファウナはよどみなく答えた。
「……あなた様のお弟子、ヴィゴ様は世界の守護者。悪しき存在から、この世をお救いする救世主様でございます。わたくしは、命ある限り、この方にお仕えする身。……カイジン様の魂、わたくしと共に、守護者様をお助けする力となりませんか?」
こういうのを無感情に告げるのは、ある意味感心してしまう。エルフは普段からあまり表情が変わらないと聞くけど、要するに師匠に部下になれ、ってことだよな? 俺は弟子だったわけで、おいそれと言えないわ。
『フフ……エルフよ。その誘いには心揺さぶられたが、あいにくとわしは、ただの霊。この世に干渉などほとんどできぬ体よ。これで役に立てるのか?』
「……わたくしの亡霊戦士のひとりとして戦うこともできましょうが、ここまで意思がはっきり残られているカイジン様には、『憑依』という手もございます。……人や物に入り、それを動かせば、現世に干渉もできましょう」
憑依って、霊がとり憑くことだよな……? たしか、そんな攻撃をしてくるゴーストとかいるって話だけど……。そうか、今の師匠は霊だから、できないことはないのか?
「……もしよければ、わたくしの体を依り代にしていただいても構いません。多少ならば剣も嗜んでおりますれば」
『フフフ、女子の体に入る趣味は持っておらぬ。どうせ入るなら……そうだな。向こうにいる屈強な鎧騎士などがよかろうて』
墓地入り口で待っている仲間たちの中で、鎧騎士と言えばベスティアだろう。物にも憑依できるって言うなら、マシンドールも可能なのかもしれない。……やべ、師匠が最強ボディを手に入れてしまう!
『フハハッ。どうせこのままでは悪霊となり果てるのみ。せっかく留まった魂。ならば、有意義に使ってもらおうではないか! よかろう。我が魂、そなたに委ねようぞ!』
「……では、契約の儀を執り行わせていただきます」
ファウナが深々と頭を下げた。青い光が魔法陣となり、カイジン師匠の霊を包み込む。怨霊的な、夜に見たら怖そうなものがいくつか現れては消えた。
「……終わりました、守護者様」
エルフの姫巫女は、俺にまた頭を下げた。
「……カイジン様の魂は、わたくしと契約したことにより、この場から解放されました。以後、わたくしと共にあなた様にお仕え致します」
『そういうことらしい。ひとつ、よろしく頼むヴィゴ。いや守護者殿』
「いや、そこは師匠。呼び捨てで結構です」
カイジン師匠に様とか殿とかつけられるのは、さすがに違和感が半端ない。
ともあれ、俺にとって心強い人が加わってくれた。さあ、ミノタウロス討伐して、ルースの兄ペルドルのところに行って、師匠の剣を取り戻そう!
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