第154話、墓参り


 昨夜は、村の男衆たちが俺の凱旋を祝い、酒盛りになった。


 久しぶりに会った村長や大人たちも、相変わらずで、懐かしさに目頭が熱くなっちまった。

 彼らはSランク冒険者がシレンツィオ村の若者から出た、と大喜びだった。……相変わらず若い女衆は来なかったし、幼馴染みであるルースのところの両親もいなかったけど。


 そして今朝、ミノタウロスのいる洞窟に向かう俺たちリベルタを、村長と男衆が見送ってくれた。


「頼むぞー、ヴィゴぉ!」

「エミルの仇をとってくれぇ!」


 犠牲になった村人の分も託された。これ以上、被害が出ないようにしないとな。ガキのころ、世話になった村だし。


 さて、村の北にその洞窟があるが、行くまでに墓地があり、小さな森があり、川がある。


 ミノタウロス討伐の前に、村はずれの墓地に両親の墓参りのに訪れた。ド田舎だから、あまり綺麗なものではないけど。


「ちょっと挨拶してくる」

「私もいいですか?」


 ルカが言えば、シィラも続き、イラ、ダイ様とリーリエ、ファウナがついてきた。


 本当に粗末な墓石の前で、祈りを捧げる。親父、おふくろ……。俺、Sランク冒険者になったよ。自分でも、ここまで行けるとは思ってなかったけど。


 神様から持てるスキルを授かったおかげで、魔剣を得て、聖剣を手に入れて、今じゃ守護者様だの勇者だの……。考えられるかい? 俺、神聖騎士なんだぜ?


 相変わらず村や王都の女の子にモテないけど――あ、でも仲間はできたよ。皆、いい人ばかりだ。これは自慢だ。俺、パーティー、いやクランのリーダーをやってるんだ。


 ……誇ってくれると、嬉しいな。あんたたちの息子は、立派になったって思ってくれたら、俺も嬉しい。


「じゃあ、次はいつ来れるかわからないけど、また」


 俺は立ち上がる。振り向けば、ルカとシィラが祈りを続けていた。イラはもう終わっていて、リーリエはいつの間にか他の仲間たちの方へ飛んでいっていた。


 で、ダイ様とファウナは何をしてるの?


「……守護者様」


 相変わらず、人形のように感情を表情に出さず、ファウナが墓地のある場所を、そっと指した。


「……あそこに、強い霊の存在を感じます」


 霊? 墓地だからゴーストが出たとかそういう話か? 成仏できない魂がゴーストになって、彷徨っているってのはよく聞く話でもあるけど。


「わかるのか、ファウナ?」

「……わたくしは、霊を操りますから」


 そう儚げな声でエルフ・シャーマンは言うのである。ダイ様も腕を組んでいる。


「うーむ。強い怒り、恨みの念のようなものを感じる……」

『ならば、浄化か? 浄化するのかえ?』


 腰に差した神聖剣オラクルセイバーが、声を出した。霊の浄化なら、母親が元プリーステスであるニニヤだけど……彼女、幽霊とかアンデッドって苦手なんだよな。神聖剣で浄化もできるならそれでもいいけど――


「ここ、一応、村の墓地なんだよな」


 つまり、俺の知っている人とか関係ある人かもしれない。それを問答無用で浄化って後ろめたさもある。もちろん、襲ってくるなら浄化するしかないんだけど。


「……交信されますか?」


 ファウナが俺を見た。


「交信って、会話できるの?」

「……はい。ずっと何事か怨恨を呟いている様子。……あのままでは、やがて理性を失い、強力なレイスやスペクターとなってしまうかもしれません」

「じゃあ、頼む」

「……承知しました」


 ファウナが恭しく一礼すると、その霊がいるらしい方を向いて、詠唱をはじめた。……というか、ほんと呟くような声だから聞き取れないな。


 ふっと、エルフの姫巫女が円を描くように腕をふれば、日中にも関わらず、青い光が見えて、次の瞬間、青い炎が出現した。……人魂ってやつか。


 少しずつ、炎は人の形を取り、一瞬、生前の顔が浮かんだ。俺は愕然とした。


「し、師匠っ!?」


 俺がこの村で剣を教わったお師匠。俺だけじゃない。この村のガキに武器の使い方を教えてくれたのはこの人だ!


『……ワシを、ヨブ声ガ、スル』


 その青い炎が、俺を見た。低く、おどろおどろしい声だった。


『そのカオ……オマエ、ヴィゴか?』

「カイジン師匠!」


 俺は近づいた。


「まさか、師匠がこちらにいたとは……!」


 俺が村を出る前に、この人もフラリと出て行ったから忘れていたけど、この墓地にいるということは、俺がいない間に村に戻っていたのか?


『オオ……ワシの、ワシの声が、聞こえルノカ、ヴィゴよ!』

「聞こえますよ! ああ、師匠……」


 まさか亡くなられていたとは。俺とルースや、キャッキとか村の子供に剣を教えてくれたカイジン師匠。あの頃でもすでに60代だったもんな。今なら70は超えているか。その割には背筋が伸びて、まだまだ剣士としての凄みがある。


「いつからここに……?」

『サアて、まだ10日モ経ってオランだろう』


 カイジン師匠の霊が腕を組んだ。え、じゃあ、つい最近――


『しかし、見違エタぞ、ヴィゴ。お前からは力を感じル』


 段々、声が聞きやすくなっている気がする。最初に感じた怒り、ゾッとするような気配も薄れてきている。


「師匠。俺、神聖騎士になりました!」

『何と!?』


 Sランク冒険者になったこと。聖剣と魔剣を持っていること。持てるスキルのおかげだと言うことも。


『ほほう、持てるスキルとな』

「どんなものも持てるようです。この手だと、たぶんお師匠にも触れますよ」


 俺が手を差し出せば、懐疑的な目になるカイジン師匠だったが、握手するように手を出せば、その手を握ることができた。


『おおっ、ゴーストとなったワシと触れることができようトハ……!』


 ひとしきり感激したような声を出すカイジン師匠。俺は質問した。


「それで、師匠。こんなことを聞くのもなんですが、何故、ここにいらっしゃるのですか? 霊が留まるって、よほどのことじゃないんですか?」


 主に恨みとか、成仏できない理由というものがあるはずだ。一般的なゴーストとは、そういうものだ。


『ウム。……村の者からわしの死因は聞いておるか?」

「いいえ」

『話さなかったのだな。ヴィゴ、心して聞け。わしは殺されたのだ』


 殺された……!? 剣の師であるカイジン師匠が!?


『ペルドル・ホルバ。お前の幼馴染みであるルースの兄にだ』

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