第153話、それぞれの反応


 シレンツィオ村に唯一ある宿に行けば、親爺さんとおかみさんは俺のことを覚えていてくれた。


 王都で冒険者として成功し、Sランク冒険者と神聖騎士になったことを報告すれば


「それは凄い!」


 素直に喜んで、褒めてくれた。


「へえ、あのヴィゴが聖騎士様かい。出世したね!」

「神聖騎士だよ、おかみさん」

「それってどこが違うんだい?」

「もーと上じゃ。主様は勇者じゃぞ」


 神聖剣であるオラクルが自慢げに胸を張った。へえぇ、とおかみさんは目を回した。


「勇者! 本当なのかい!?」


 いや、勇者って言われるのはまだ慣れないな。


「あんたの親父さんも冒険者だった。きっと天国で喜んでいるだろうねぇ」

「……だといいけど」


 両親はこの世にいない。墓参りはするけど、俺のことを誇りに思ってくれるかな。


「それなら凱旋祝いだ。アンタ、酒を出して――」


 おかみさんはそう行って奥へと引っ込んだ。村で唯一の宿だが、旅人も滅多にこない村だから、基本村人たちの酒場がメインだったりする。


 その時、外から客、もとい村人たちが入ってきた。


「やっほー、ルース! ――じゃない、ヴィゴ!?」

「え、ヴィゴ? ルースじゃないの?」


 村の娘たちだった。……俺たちが村にいた頃から、ルースに心惹かれていた娘たちだ。


「なんだ、王都からきた騎士様って言うから、ルースだと思ったのに」

「あんたには用はないわ。ルースはどこぉ?」


 娘たちはさっさと外へ出て行ってしまった。オラクルが憤慨した。


「なんじゃい! あのクソ生意気なオナゴどもは!?」


 落ち着けよ、オラクル。クソとか言わない。


「あの子たちはルース――俺の幼馴染みのファンなのさ」


 変わらないな、あの娘たちも。村を出る時も、ルースにベッタリだったもんな。


「――何だったんだ、あいつらは」


 シィラが何やら不機嫌そうな顔をして宿に入ってきた。村娘たちとすれ違ったようだ。ルカとマルモ、ネムもやってきた。


「ルースって誰です?」

「ヴィゴさんの前のパーティーにいた人ですよ」


 マルモの質問にルカが答えた。ルースと前パーティーの件は、イラが一番よく知っている。彼女も所属していたからな。


「おーい、ヴィゴ!」


 男の声。今度は村の若い男連中がやってきた。


「キャッキから聞いたぜ! お前、Sランク冒険者になったって!?」

「おう、お前ら! 元気そうだな!」


 俺は思わず涙腺が緩むのを感じた。さっきの女たちのことなど吹っ飛んだ。かつての友人たちがやってきて、俺の肩を叩いた。


「騎士になったって聞いたぞ。お前マジ大出世したな!」

「なあなあ、ヴィゴ! Sランク冒険者票を見せてくれよ!」


 大人になっても子供みたいなことをいう旧友たち。首から下げているミスリルと金でできたSランク冒険者票を見せてやると、こいつら一気に盛り上がった。


「おおおぉぉっ!!」


 他に客がいないからって、あんまり騒ぐなよお前ら。俺はリベルタの仲間たちと村の友人たちを紹介し、この再会を祝して大いに飲んだ。



  ・  ・  ・



 エルザは、帰ってきた父フレッド・コーシャ伯爵から信じられない話を聞かされた。


「はあ!? ヴィゴって……あいつが神聖騎士ですって!?」

「そうだ。Sランク冒険者になった」

「……嘘でしょ」


 冒険者パーティー『シャイン』のメンバーだったエルザ。邪甲獣討伐に赴き、リーダーだったルースは行方不明。アルマは記憶喪失になり、イラは……知らない。彼女のことは前々から好きではなかったのでどうでもいい。


 エルザは、どうにもヴィゴという男が苦手だった。何かされたわけではない。ただ、時々自分を見る目が厭らしさを感じた。もっとも、これはエルザの偏見がかなり強い。顔がルースと比べるのは可哀想なレベルで地味、ありきたりだったのも影響していた。


 そいつがパーティーを追放されたのを喜んだのもつかの間、シャインは転落を続け、ほぼ解散状態だ。エルザもまた、邪甲獣との戦いがトラウマで魔術杖に触ることができなくなった。持とうとすると全身が震えて、立つこともままならなくなるのだ。


「……王都でルースのよくない噂を聞いたぞ」


 コーシャ伯爵は渋い顔で言った。


「パーティーメンバーを放り出して逃亡したと聞いた。お前のいう『行方不明』とはだいぶ話が違うようだが?」

「彼がアタシを置いて逃げるわけがないわ! あ、ヴィゴね! あいつがルースの評判を貶めているのよ!」


 エルザの思い込みである。――きっとヴィゴは、シャインを追放されたことを根にもっていたに違いないわ。なんて汚い奴!


「ルースは最高の男なの! 彼よりカッコイイ男なんてこの世に存在しないの! アタシは彼と結婚するんだから――!」


 その瞬間、後ろでバルコニーへ繋がる扉と壁が砕けた。轟音と衝撃に、エルザとコーシャ伯爵は吹き飛び、床を転がった。


「……っ、何事……?」


 顔を上げたエルザはそこで息を飲んだ。バルコニーに漆黒のドラゴンがいるではないか。


 さらに黒い甲冑の騎士が降り立った。


「やあ、エルザ。迎えにキタヨ……!」

「ルース……じゃないわね、誰よ、アンタ!?」


 エルザは声を張り上げた。一瞬ルースに見えた騎士だが、その顔の半分は変色し、残り半分は灰色の肌。人間ではないのは明らかだった。


「気安く呼ぶんじゃないわよ、化け物!」


 伯爵家の騎士たちが駆けつけて、エルザと伯爵で壁となる。


「バケモの……? 僕をバケものと呼ぶのか!? エルザァ!」


 その怒号だけで、騎士たちが吹っ飛んだ。エルザは絶句する。


「キミも……オマえも、ボクを拒絶スル!」


 立ち上がった騎士たちが、異形の騎士に次々と剣で切り裂かれていく。激しい怒り、そして憎悪。黒き波動に、エルザは竦んで動けない。


「アア、ヴィゴの気持ちがワカッタ。アイツも、ズット、こんなオモイだったんだ――」


 石の盾を取り出す。若い女が二人、四肢を拘束されている彫刻が刻まれた不気味な盾だ。女たちは泣き叫んでいる顔のようであり、片方がかつての仲間であるアルマに似ているとエルザは思った。


 盾を持った異形の騎士はエルザに歩み寄ると、その盾をグイと押しつけた。


「ワルいコにはおしオキだ……。犯し尽クシ、蹂躙して、ワカらせテやル!」


 グニャリと盾の飾りが歪み、エルザへと覆い被さった。


【たす、けて……】


 声が聞こえた気がした。だが次の瞬間、エルザは盾に飲み込まれた。息がつまり、体が不自然な形に曲げられ圧迫されるのを感じた。


 闇と苦痛と息苦しさのまま、盾に取り込まれたエルザは、盾を構成する三つのレリーフのうちのひとつとなった。


 怒りのままに伯爵邸を破壊した異形の騎士ルース。ふと、バルコニーの彼方――故郷、シレンツィオ村を見た。


「次ハ、あそこダ……」

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