第152話、凱旋するヴィゴ。そしてルース


 リベルタのホームに戻り、皆にもシレンツィオ村でのミノタウロス討伐の依頼の件を知らせた。


 俺の育った村と聞いて、ルカとマルモが顔を綻ばせ、ディーが何故か苦笑した。ニニヤは「へぇ」という程度の反応で、ファウナはこれまた特に表情に変化はなかった。


「そういえば、ヴィゴさんのご家族の話を聞いたことがないのですが――」


 ルカは窺うような顔になる。うん、いたらご報告できますね、って喜んでくれるんだろうなぁ。


「残念ながら、両親と死別しているからな。俺に家族はないんだ」


 ついでに家も引き払ったから、残っているのは両親の墓だけだ。


 そう言ったらルカとマルモは気まずそうにしたが、ディーの表情は柔らかくなった。何故だろうと考え、そういえばディーも故郷と家族を失って天涯孤独だと思い出した。たぶん共通点を見つけて、親しみを覚えたのかもしれない。


 ひと通りの説明の後、王都を離れるため数日分の食料などを準備。それが終わったら、ダイ様の闇鳥ことダークバードの背に乗って、シレンツィオ村へと飛んだ。



  ・  ・  ・



 最大7体まで出せるダークバードだが、今回は俺とダイ様、リーリエの他は、空が初体験のネムと付き添いのシィラを乗せた2体だけだった。


 他は魔道具『妖精の籠』の中で、セカンドホームを建築しながら移動する。なお、妖精の籠を使うようになって一番喜んでいるのは、ドワーフのマルモだったりする。彼女、高いところが苦手だったらしい。


 街道に沿って飛び、やがて道は森へと入る。その先にあまり家の数は多くないが村がある。岩山と岩場が近くにあって、川と小さな池がある。


「あれがシレンツィオ村だ!」

「辺鄙なところだのぅ」


 ダイ様が闇鳥を御しながら言った。俺にしがみついているリーリエも、下を覗き込む。


「王都に比べたら小さいわね」

「そりゃ王都と比べたら、大抵の集落は小さいだろ」


 比較対象がおかしいっての。


 ぶっちゃけると、村に帰るのはあんま気乗りしないんだ。クエストがあったからいい機会とも思えたけど。……そう思うのは、家とか処分しちゃったからかもしれない。


 ダークバードは村の近く、街道の上に降り立った。


「村の入り口に門があるから、そこまで歩くぞ」


 獣除けに石垣やら木の柵壁があるから、入る場所は限定される。村の外からきた人間は特に街道沿いの門から入る必要がある。


「懐かしいな」

「ここにガキの頃のヴィゴが住んでおったのか!」


 少女姿になったダイ様が、俺の隣を歩きながら言った。


「ダイ様、その姿で、ガキとか説得力ないなあ」


 やがて門のそばにいた青年戦士が俺たちに気づいた。槍を持って警戒する。こっちは明らかに武装しているから、そりゃあ身構えるよな。盗賊とかが出る世の中だから。


 あんまり人が来ない村とはいえ、門番ひとりは何かあったら困るだろうに、と俺は思った。すっかり王都生活に慣れてしまったな。


「冒険者か?」


 青年戦士が言った。どうやらミノタウロス討伐に依頼を出したことは知っていそうだな。


「そうだ」


 俺たちは門の前に立つ青年戦士に近づいた。そこで、その青年と俺の目が合った。一瞬、不思議そうな顔をしたが、次の瞬間。


「お前、ヴィゴか!?」

「よう、キャッキ」


 友人その1に、俺は手を振った。すると青年戦士――キャッキはびっくりした顔になった。


「ミノタウロス退治に冒険者を呼んだって村長が言っていたけど、お前だったのかヴィゴ!」

「そう、ミノタウロス討伐にやってきた冒険者ってのが俺たちだ。……元気だったか?」

「お前こそ」


 軽く拳を突き合わせる俺とキャッキ。彼は高身長なシィラに驚き、少女戦士と魔術師っぽい少女――ネムとダイ様、そして妖精を見て、最後に俺へと視線を戻した。


「噂に名高いシャインが凱旋かー。ルーズの野郎は? 後から来るのか?」

「シャイン?」


 シィラが首を傾げた。リーリエとネムも顔を見合わせる。俺は咳払いした。


「キャッキ。俺たちはシャインじゃない。ルースの奴もいない。いいか?」

「あ、ああ、そうなのか……」


 大方、ルースが故郷に冒険者活動の報告の手紙でも出していたんだろう。村を出たのがほぼ同じだった俺とルース。だからまだ同じパーティーにいると思っていたんだろう。


「俺たちはリベルタ。ルースのシャインはもう存在しない」

「そう、か……。死んだのか?」

「さあ? 最近会ってない。どこでどうしているのか、俺も知らない」


 ルーズこと、ルース・ホルバに最後に会ったのは……確か、イラがうちのパーティーに参加した直後だったかな。


 あの後、王都で騒動があったけど、どうなんだろうな。まるで話を聞かないけど、しらないうちにくたばっちまったなんてことも……あるかもしれん。



  ・  ・  ・



 ジャミトの町郊外にあるカルモ騎士爵の屋敷。アルマ・カルモは、外から聞こえる喧騒と悲鳴を聞いていた。


 雨でも降りそうな曇り空。昼間だと言うのに薄暗い室内。アルマは椅子に腰掛けている。


 何でも、白昼堂々と不審者が侵入したらしい。警備員が応援を呼び、父だと言うカルモ騎士爵とその部下たち、アルマの『兄』らしい騎士が、侵入者を迎え討ちに行った。


 激しい物音が響く。怒号。ああ、これは兄の声だわ、とアルマは思った。だがそれも聞こえなくなった。


 終わったのだろうか? 様子を見に行くべきだろうか。アルマは考える。


 またも物音がした。明らかに荒々しい破壊音で、間違ってもカルモ家やそれに仕える者たちのものではないだろう。


 侵入者だろう。アルマは近づいてくる音に、かすかに震えた。一瞬、脳裏に巨大な蛇の顔がよぎった。だが瞬きの間にそれが何だったのか、アルマは思い出せなかった。


 何も、思い出せない。


 その時、バンとテラスへと続く扉が破壊された。


 男が立っていた。いや、それは男だが、人間ではないようだった。


 黒き甲冑。顔の右目周りから頬にかけて変色した肌、左腕が異常に肥大化している、まさしく異形だった。


「ヤあ、ここにいタね、アルマ」


 その男は言った。どこか懐かしい気がするが、同時に『彼』ではないと思った。――彼とは誰?


「どなた、でしょうか?」


 アルマが震える声で言えば、男は小首を傾げ、そしてのしのしと近づいてくる。


「お前ハ、僕を拒絶スルのカ? ボクを忘れテしまったのカイ……?」

「私はあなたを知っている? あなたは私を知っているのですか?」


 記憶喪失であるアルマは、その男のことがわからなかった。だが男は背負っていた盾を肥大化した手で掴むと、それをアルマに向ける。


「ルースだよ。ルース・ホルバ。一緒にパーティーを組んデいたじゃないカ! それナノニ……!」


 震えるアルマにルースは盾を押しつけた。奇妙な盾だった。女が手足を四方から拘束されたような彫り込みがされた気味の悪い石色の盾。


「もう離さなイからね……。ずっと一緒ダヨ、アルマ――」

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