第146話、王都へ帰還


 ロンキドさんや第二次調査隊の冒険者たちが回復したので、俺たちはドローレダンジョンを出た。


 正直、まだ自力歩行はできても安静が必要な者もいたのだが、俺たちの保有する妖精の籠に収容することで運ぶことができた。


 クレイら外で待機していた者たちは、俺たちの帰還を喜んだ。ダンジョン内の調査――その結果判明したゴブリンキングとその集団も壊滅したので、俺たちは王都カルムへ戻ることになった。


 ……やはりゴブリンに暴行され、空っぽの人形のようになってしまった女性冒険者たちの存在が浮いてしまっている。犠牲者が第一次調査隊の冒険者たちだから、彼女たちを労ってくれるパーティーメンバーもいない。周囲も腫れ物に触るような扱いになってしまっていた。


 その中で、人間ではない、どこの者かわからない少女っぽい女性がひとりいる。何の種族かはっきりしない彼女の扱いをどうすべきか、悩ましい問題であった。


 我らがギルドマスターであるロンキドさんは少し考えた後、ポツリと言った。


「うちで引き取ろう」


 奥さんたちに説明する必要はあるが、とギルマスは考え込んでいたが。……そりゃ、奥様方が、嫌がる可能性もある。動物を拾ってペットにするのとわけが違うから。


 ひとまず、ロンキドさんがそう言ったので、お任せするとして。


 俺が視線を向ければ、リベルタの女性陣が、例の女性の周りに集まっていた。どれ、俺も様子を見に行くか。野次馬じゃあるまいし、うちのクランメンバーが取り囲んでいるように見えるのもアレだし。


 その女性は、ぼー、とした表情で座っていた。隣にはシィラが寄り添っていて、少女っぽい女性の髪を撫でていた。そうしていると、二人の体格差から母親と娘みたいだ。……シィラが母親に見えるようになるとは意外過ぎるけど。


「あー……」


 女性がわずかに声を発した。だが言葉にならない。アウラが首を振る。


「……幼児退行ね。可哀想に。精神的なショックが大きかったんでしょうね」


 精神的なダメージで、言語能力や思考能力に大きな影響を受けてしまっているようである。


「無理もないですよ」


 イラが目を閉じた。


「ゴブリンにヒドイ目に合わせられたんですから」


 その言葉に、ルカもうつむき、リーリエがその肩の上で哀しそうな顔をした。


 一方、ディーとマルモ、ファウナが、皆から離れて円陣を作ってしゃがみ込んだ。……何を話してるんだ?


「――どう思います?」


 小声でマルモが言えば、ディーが厳しい声を出した。


「すごく、ゴブリン臭がするんですけど――」

「ゴブリンのアレの臭いのせいじゃない?」

「そうなのかなぁ……」

「……エルフではないのは間違いないです」


 ファウナがボソリと言った。


「……ただ、何と言うか、近づくと肌がぞわぞわします」


 ドワーフと獣人とエルフが何やらヒソヒソ話をしている。種族会議かな?


 俺は、アウラの隣にしゃがみ込んだ。


「喋れないのは痛いな」

「そうね。せめて名前くらいは知りたいところだけど」

「呼び方に困るもんな」


 この名無しの女性の知り合いがいてくれれば、また話も変わってくるんだけど。


「あー……」


 本当、言葉を覚える前の赤ん坊みたい。彼女が俺に手を伸ばしてきたので、軽く握ってあげる。……この娘の目に、俺はどう映っているんだか。ゴブリンに蹂躙された後って、男性とかオスに恐怖を抱く例もあるって聞くけど。


「……名前、どうする?」

「勝手につけるわけにもいかないでしょ? 赤ん坊じゃないんだし」

「しばらくは名無しさんって呼ぶか」

「思い出すまで。……いや喋れないだけで忘れていないかもしれないけど」


 いつになったらわかるのかな。最悪、このままずっとわからないままなんてこともあるかもしれない。


 ……ところで、シィラよ。お前、名無しさんに構うのは駄目とは言わないけど、懐かれてないか?



  ・  ・  ・



 俺たちは王都へと帰還した。


 ロンキドさんが、昨日のうちにノルドチッタと王都カルムに、ドローレダンジョン攻略の報告の伝令を出していた。


 だからなのか、王都外壁門を潜った時、守備隊から「お疲れ様でした!」とお出迎えされた。


 その中に、ロンキドさんの娘で、王国騎士のカメリアさんがいた。


「お帰りなさい。お疲れ様でした、父上。お疲れのところ申し訳ないですが父上とヴィゴ殿には、報告のため王城に出頭していただきたく――」


 はい、そんな気がしていました。家に帰って一休みしたいところだが、ダンジョンスタンピードの後で、おちおち眠れないのは王都の人たちも同様だ。行きましょう。


 調査隊の冒険者たちは解散し、自分の家に帰る者、生還祝いと戦友を偲ぶ会をするためギルドに行く者などにわかれた。


「俺は城に行くけど、皆は家に戻っていていいよ」


 疲れているだろうしな。報告だけなら、ロンキドさんと俺だけで充分だし。


「ワタシも行くわ。神聖剣を見せにいくんでしょ? その時の大臣の顔が見たいわ」


 アウラが言えば、自力移動術を手に入れたダイ様も。


「我の進化も見せてやらねば公平ではないのぅ」

「お城? あーしもお城行きたーい!」


 リーリエが俺の周りをグルグル飛び回れば、エルフのファウナも手を挙げた。


「……わたくしも、城の中を見たいです」


 というわけで、フェアリーとエルフの姫巫女も連れて行くことになった。


「じゃあ、ルカ。家のことは頼むな」

「わかりました」

「……シィラも、名無しさんを見ておいて」


 ロンキドさんが王城に言っている間、彼女を見る人がいなくなってしまうから。ロンキドさんが頼むと言えば、シィラは「ああ」と頷いた。……気にいったのか。妹の面倒を見るお姉ちゃんみたいな目をしているんだよな、シィラは。


 ということで、俺たちは王城へと向かった。カメリアさんの先導で、城内にもすんなり入れて、すっかり道順を覚えた大臣の執務室へとやってきた。


「おお、ロンキド殿! ヴィゴ殿! よくぞ戻られた!」


 ネズミっぽい顔のシンセロ大臣が、俺たちの帰還を心から喜んでいた。


「伝令から報告を受けた! ドローレダンジョンにいた脅威が取り除かれたことは、大変喜ばしいことである。諸君ら冒険者の奮闘のおかげだ。ありがとう」


 そして――シンセロ大臣は背筋を伸ばした。


「脅威に立ち向かい、犠牲となった者たちには哀悼の意を表させてもらう。王都の平和は彼、彼女らの犠牲の上に存在するのだ」


 黙祷。親しくはなかったが、顔や名前は知っている冒険者もいた。もう二度と会うことはない。同じ時を過ごした戦友たちの霊に安らぎあれ。

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