第145話、謎の女性


 雑魚魔剣を取り込んだことで、魔力を取り戻したダイ様は、人間形態は大人の、絶世の美女になった。


 ……なお、制限時間がある模様。ローブは黒と赤のものになったが、姿は元のお子様に戻った。


「なんでだー!」


 知らんわ。


 絶望するダイ様はともかく、これで深部に巣くっていたゴブリン集団は撃破し、ゴブリンキングが持っていた魔剣も破壊した。


 後は調査隊冒険者の救助だ。


 すでにリベルタの治癒魔法組が、救出した冒険者を手当てしている。


「お父さん……お父さん……!」


 ニニヤが泣きながら、ロンキドさんの手を握っている。蜘蛛糸で拘束されていた冒険者たちを救助したものの、特にロンキドさんの傷が酷い。近くにいた女冒険者がこちらも泣きじゃくっている。


「私が……私を守ってギルマスが深手を……うぅ」


 ……どうやら、ロンキドさんは他の冒険者の絶体絶命の危機を身を挺して守ったために、攻撃を受けてしまったらしい。


 年を重ねたとはいえ、Sランク冒険者。そうそう後れを取らないと思うが、とっさに庇えば、こういうこともある。


 ファウナが舞うように、空中に文字を刻んだ。


「……森の妖精たち。我がもとに集い、傷ついた者たちを癒せ――」


 緑に輝く光が溢れた。空中に刻まれたのは魔法陣だった。そこから無数のフェアリーたちが光をまとって現れると、冒険者たちの周りを回った。これは、リーリエがシィラにやった癒しの鱗粉か?


 冒険者たちの傷がある程度癒える。ロンキドさんの青かった顔も和らいだ。これを見て、アウラはニニヤの肩を叩いた。


「とりあえず命は助かったようね。少しずつ治癒で回復させてあげなさい」

「はい……!」


 涙を拭い、ニニヤは父であるロンキドさんの手当てを続けた。アウラは振り向く。


「大したものね、ファウナ」


 エルフの姫巫女は、召喚したフェアリーの戯れに手を伸ばし付き合っていたが、アウラに顔を向けると静かに頷いた。……そうしていると、その美しさと相まって女神様のようだった。


 調査隊の冒険者たちは救助できた。――ただし第二次調査隊は。


 最初に探索に入った第一次調査隊は……どう言ったらいいのか。


 ダンジョンに入った冒険者たちは、ホブゴブリン前衛のゴブリンシャーマン後衛の小部隊の包囲を受けて、無力化、拘束された。シャーマンたちが徹底的に麻痺魔法や睡眠の魔法を使ったせいで、冒険者たちは生きたまま捕らえられたのだ。


 何故、生け捕りにされたか? ゴブリンキングの持つ魔剣エクリクシスが、人間の生命力を吸い取るためだ。


 男の冒険者は魔剣の餌になり、女の冒険者は……ゴブリンどもの子作りに利用された。男たちは魔剣に吸われて殺され、女たちはゴブリンに暴行されたのだ。ゴブリンは人型種族の女を利用して子供を作る。何故そうなのかわからない。


 ゴブリンに雌は生まれないせいという説が一般的らしいが、どうして雌が生まれないのか。他の種族の力を借りなければ生まれない生物など、あり得るのだろうか? 考えれば考えるほどわからん。


 それはともかくとして、第一次調査隊の女性冒険者たちは心身ともに激しいダメージを受けており、精神が崩壊してしまっている子もいるようだった。保護した状況は凄惨そのものであり、吐き気を催すほどの嫌悪感に場が包まれた。この臭気もまた酷い。


 第二次調査隊の女性冒険者たちは難を逃れたが、あと一日二日救出が遅れれば、同じく悲惨な目に遭っていたに違いない。


 うちのクランは女性が多いから、あまりの光景に言葉も出ないようだった。……見世物じゃないからな。


 もし、俺たちがドローレダンジョンに来なければ、あるいは王都に一度向かうなどしていたら、第二次調査隊の冒険者たちを助けることはできなかっただろう。ロンキドさんも……魔剣のエサとなって殺されていたに違いない。


 何がどう転ぶかなんて起きてみなければわからないものだが、助けられてよかったと思う。


 そしてひとつ、問題が発生した。


 触れるのもおぞましい話ではあるが、暴行された女冒険者たちとは別に犠牲者がいたことだ。


 首輪でつながれたその女性は、どこか幼さを感じる顔立ちをしていて、耳が少々尖っていた。10代か20代っぽいが、人間でないなら外見と実年齢がかけ離れている場合もある。


「エルフ……とは違うみたいだが、ハーフか?」


 全身汚れているその少女じみた女性を、仲間たちが水で流して綺麗にしているのだが、当人は精神的ダメージが大きいのか反応が鈍かった。


 俺はアウラと話し込む。


「他の冒険者に聞いたけど、冒険者の中に彼女はいなかったって」

「すると、メディオ村の住民?」


 先日のダンジョンスタンピードで滅ぼされた村。そこの女性がさらわれてしまったという説。


「俺もあの村には何度も行ったことあるけど、あの子は知らない」


 見たことがないんだ。耳が尖っていて、肌の色も人間のそれと違う。かと言えば、オーガやゴブリンのように極端に緑だったり青だったりするわけでもない。やや小柄ではあるが、ドワーフやゴブリンなどより背は高い。


「もちろん、村人全員を知っているわけじゃないけど、あんな目立つ子がいたら、噂でも聞きそうなんだけどな」

「冒険者でもない。村人でもなさそう……」


 うーん、とアウラは唸った。


「身元がわからない。人間でもないとなると、ちょっと扱いが難しくなるのよね」

「というと……?」

「ゴブリンとか亜人種族に暴行された女性って、故郷に帰るか、修道院に入れられるパターンが多いのよ。言い方は悪いけど、魔物の汚れを祓うためとか……世間の目もあるから、そうなっちゃうっていうか」


 何とも歯切れの悪い調子で、アウラは言った。


「で、修道院というのは基本、人間たちの人間のための施設だから、他種族は受け付けていない。……ここまでは大丈夫?」

「ああ。後は彼女が故郷に帰れればいいが――」

「故郷が受け付けていない、ってパターンもあるのよね。家族がいないとか、あるいは追放されてるとか」


 故郷が滅んでいる場合もあるだろうな。どこの種族か知らないけど、近くでさらわれたのは間違いない。一番近いメディオ村はもうないし、彼女を知る者もいないだろう。


「……誰が彼女の面倒を見るんだ?」

「そう、それが問題なのよ」


 アウラは自身の緑色の髪を払った。


「彼女が自分のことをしっかり話せる状態なら、手がかりもあるんでしょうけど……。身元もわからない、冒険者でもないなら、冒険者ギルドでもどうにもできないし」


 かといってゴブリンに犯された人に、周囲が優しくしてくれるわけがない。偏見の目。他種族ならなおさらだ。


「ギルマスに丸投げしちゃうのが無難かしらね」


 アウラは匙を投げた。かつての伝説級魔術師にも手にあまることはあるらしい。


「ほんと、何の種族なのかしらね……」

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