第137話、ファウナとリーリエ


 それはとても美しい娘だった。煌めくような金髪の長い髪は、毛先に向かうにつれて緑色と変わっている。


 尖った耳はエルフ特有のもの。その顔立ちは涼やかで、青い瞳は宝石のようでもあった。体は全体的にやや華奢な印象を与える。白と緑の法衣をまとっているが胸元がやや開いているせいか、意外と胸があるように見えた。


 年の頃は二十前後くらいに見えるが、エルフの年齢を外見から推し量るのは、人間には難しい。


 その名はファウナ。エルフの姫巫女だという。……姫巫女って何だ?


「姫というからには、高貴な一族の生まれなんでしょう?」


 アウラが首をかしげる。


「巫女って、いわゆる神を憑依させたり、その言葉を伝えるシャーマンの一種ね」

「……はい。わたくしは、降霊術、召喚術などを使うことができます」


 淡々とファウナは言った。どこか儚げな表情をしているが、何を考えているのか読み解くのが難しい。


 とても物静か。非常に大人しそう。……これで、冒険者クランに加わる? 言っちゃあなんだが、とても冒険者って柄じゃないんだよな。世間知らずのお嬢様を冒険者にしてしまうかのようなミスマッチ感……。


 ああ、そうか。違和感の原因はこれかな。ファウナは、血の通った人間というよりは、よくできた人形のように感じたのだ。


「……幼き頃より、神聖剣の守護者にお仕えできるよう修練を重ねて参りました」


 ファウナは召喚関係の魔法のほか、エルフらしく弓術をこなし、また剣も扱えるのだという。


 見た目からは、清楚なエルフ美人なのだが、どうもその外見に騙されてはいけないタイプのようだ。


「どう思うアウラ?」

「ま、いいんじゃない」


 ドリアード様は好奇心を覗かせる。


「ワタシ、エルフの召喚術というものに興味があるわ」


 反対がないなら、エルフたちの申し出を受けるか。断る理由が思いつかなかったというのもあるが、どうもあの低姿勢過ぎるエルフたちが苦手なんだよな。俺は神様でもないんだからさ。


 そしてもうひとつ、エルフの姫巫女を受け入れるほかにもう一件あって、そっちのほうが気になったというのもある。


 そのもうひとつと言うのが――


「面白そうだから、あーしがついていってあげるって言ってるのよ! 感謝するのね!」

「喋ったな」

「喋ったわね」


 俺とアウラは、この勝ち気な小妖精――フェアリーのリーリエを見る。


 フェアリー種の中でも羽根が蝶なのは珍しいという。水色の髪の、子供じみた小妖精は、意外に早く俺たちの視界の中を飛ぶと、肩にぴたりと乗った。


「勝手についていくから、まあよろしく。飽きたら勝手に帰るから、それまでお世話になってあげるわ」

「……お前、喋れたんだな」


 神聖剣であるオラクルとしか交信していないようだったけど。


「妖精を馬鹿にしないことね。あーしたちは、大抵の生き物の言葉を理解して話すことができるのよ」


 そう言うと、ひらりと飛び上がり、俺の前で手を組んだ。


『どう? 聞こえる?』

「? 声が聞こえたような……」


 口は動いていなかったのに、リーリエの声が聞こえた気がした。


『あーしは、あなたに直接声を送っています。……と、こんな感じで言葉を放ったり受けたりできるの』


 受けたり? それって考えていることがわかるってことか?


『多少はね。こうやってお話している時だけ』


 口に出していないのに、リーリエと会話した。なるほど、こんな感じか。凄いな……。


『へへっ、まあいつもわかるわけじゃないから、そこは安心していいわ』


 リーリエは笑った。アウラがため息をついた。


「フェアリーに憑かれてしまうなんてね……」

「こら! 人を疫病神みたいに言うなー!」


 反論するリーリエだが、アウラはさらなるため息をつく。


「フェアリーって、姿を消したり、転移とかできるけど、イタズラ好きなのが玉に瑕だからね……」

「ひどいー。ドリアード様に悪さはしないよー」


 アウラのもとに、ひらひらと飛んでいくリーリエ。


「ワタシの仲間たちにも悪さはダメよ。もしやったら、タダじゃおかないからね!」

「わ、わかったわよ」


 そっぽを向くリーリエである。アウラは肩をすくめた。


「基本フェアリーって思考がお子様だからね。ヴィゴ、この子はたぶん勝手についてくるだろうけど、甘やかさないようにね。駄目なことは駄目ときちんと叱るのよ」

「お、おう」


 何か、フェアリーに関して嫌なことでもあったのかな……? というか同行するのが確定なのね。


「森を離れることになるけど、平気なのか、リーリエは?」

「森の外に興味あるわ」


 フェアリーは俺のもとに戻ってきた。


「実は、前々から旅人の荷物に紛れ込んで旅をする計画を考えていたのよ」


 それは何とも、都会に憧れる田舎っ子みたい。マルモもそんなんじゃなかったか?


「あなた達は、フェアリーを捕まえる悪い人間じゃないし、じゃあ行くならこの人たちかなって思ったわけ。……悪い?」

「うーん、悪いとかそうじゃないけど、俺ら冒険者だから、結構危険な場所に行くぞ?」

「上手く隠れるわよ。それにこう見えて、あーしは魔法が使えるから、多少は役に立てると思うわよ」


 自信満々に胸を張るリーリエ。ずいぶんとスレンダーなボディである。


「まあ、そうまで言うなら、よろしく」


 指を出したら、両手で掴まれた。握手のつもりだったが、きちんと伝わったようだ。


 俺は本人の意思は極力尊重したい主義である。アウラも、フェアリーに関しては勝手についてくるものと諦めているようだしな。


 ということで、仲間たちにふたりを紹介。皆、おおよそ歓迎ムードだった。俺たちリベルタに、エルフとフェアリーが加わった。


 エルフの村でお礼の晩餐が開かれ、1泊した後、俺たちはクーラの森を出て、マルテディ領の領主町ラゴーラへ出発する。


「ヴィゴ様ー!」


 エルフ総出で見送りである。


「守護者様ー!」

「精霊さまー!」


 ノルドチッタの町では、俺以外の面々への声援ばかりだったけど、ここでは俺とドリアードであるアウラ、そして神聖剣であるオラクルに人気が三分割された。心なしか俺への声が大きい気がする。


 何だかなぁ……。声がないのも寂しいけど、これはこれで何か小っ恥ずかしいぞ。

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