第130話、妖精の籠


 マルテディ侯爵の領主町であるラゴーラに戻ってきた。


 リベルタの皆も心配しているだろうな。帰ってこれないかもしれない試練と聞いて、すごく心配された。仲間っていいものだ。


 とはいえ、あまり心配をかけるというのもよくないよな、うん。


 マルテディ侯爵の屋敷に戻り、仲間たちの顔を見に行く。ルカなどは、思い切り生還のハグをしてくれるのではないか――などと考えて部屋に入れば……ルカが泣いていた。


「え、ええ!? どうしたんだ、ルカ!?」


 ただいまの言葉も忘れてしまう。何で泣いているんだよ?


「う、ヴィゴさん……!」


 うわーん、と抱きつかれた。大きなお胸様やーらかい、じゃなくて、思っていたのとちょっと違う。


「何があったんだ? 他の皆はどうした?」


 言っていて部屋を見渡せば、ベスティアが鎧飾りのように立っている。黒スライムのゴムも、その傍らでぽよんぽよん小さく跳ねている。

 ……で、他は?


「あ、お帰りなさい、ヴィゴ様」


 イラが現れた。


「聖剣の試練、見事果たされたのですね。おめでとうございます! さすがです!」

「あ、ありがとう。……で、これは?」


 ルカが泣いているんだけど。そう言ったら、イラは机の上にある、小さな鳥かごみたいなものを指さした。


「えーと……まことにお話しづらいのですが、アウラさん、シィラさん、ニニヤは、あの魔道具の中です」

「魔道具の中……?」


 どゆこと?


「あの、事情を説明する前に、そちらの女の子はどなたでしょうか?」


 イラが、俺の隣で暇そうにしているオラクルを見た。ああ、そうだそうだ、紹介しないといけないな。


「彼女は――」

「聖剣だろ? 言わずともよい、わかるわ」


 ダイ様がすっと現れた。魔剣から現れた黒髪の美少女――見れば見るほど、オラクルと結構似ているよな、顔とか体型とか。


「よく聞けぇ、聖剣よ! 我が名は暗黒地獄剣、ダーク・インフェルノ! 暗黒の力が宿りし、地獄の業火である!」


 いつもの大見得を切るダイ様。対してオラクルは貴族令嬢のように堂々と胸を張った。


「はじめまして姉君。わらわは神聖剣オラクルセイバー。剣神ラーマによって命を与えられた最新の剣じゃ」


 余裕の態度を崩さないオラクル。……って、今何て言った?


「姉君、言った?」

「そうじゃ、主様よ。聖剣も魔剣も意思を持つものの大半は、剣神ラーマ様の加護を受けておる。例外もおるが、この魔剣も、剣神様の加護を受けた剣じゃ」


 何でもラーマという剣の神様は、優れた剣には出自や属性問わず加護を与える、剣バカ、もとい剣の守護神なのだそうだ。


 故に、加護を基準で考えるならば、ダイ様もオラクルも姉妹ということになるらしい。千年も年の離れた姉妹なんて、初めてだわ。


「あのー」


 イラがおずおずと、魔剣と神聖剣のバチバチの視線のやり取りを余所に言った。


「自己紹介が済んだようなので、そろそろこちらの話を進めてもいいでしょうか?」

「おう、頼む。いったい俺がいない間に何があったんだ?」



  ・  ・  ・



 妖精の籠というらしい。


 何でも物体の大きさに関わらず、籠の中に出入りできる魔道具なのだという。フェアリーなどの小妖精が、他の生き物の目に見えないところで家を作るのと同じような感じで、籠の中に小さな世界があるらしい。


 なるほど、よくわからん。


 この得体の知れない魔道具を、領主町で見つけたアウラたちだが、少し触ったら、彼女たち3人が、この籠の中に吸い込まれてしまって、出てこないらしい。


「中から出れないの?」


 出入りできる魔道具って言ったよね? 俺がイラに尋ねれば、微笑みシスターは顔を曇らせる。


「これを扱っていた店主は、壊れている魔道具なので、入ったら最後たぶん出られないと供述していました」

「壊れている魔道具?」


 何だろう。さっきから微妙にズレを感じるんだが……?


「どういうこと?」

「どうも違法業者だったみたいで、不良品を売りつけていたようなんです。町の衛兵に逮捕されて今、取り調べの最中ですよ」

「何とまあ」


 違法業者の不良品の誤作動に巻き込まれたってオチか。


「災難だったなそれ。で、外に出られないって何か方法はないの?」

「今のところはお手上げです。マルモにも見てもらったのですが、手に負えないそうで……」


 リベルタメンバーの中で、そっちもある程度知っていそうなドワーフ娘でも手が出ないか。……そういえば。


「そのマルモは今何をやってる?」

「ディー君とゴムとで、クランメンバー分の新装備を作っていますよ。他にやることがないからって」


 ディーとゴムも、か。部屋の端でポンポン弾んでいるゴムの分身体かな。他にやることがないというのは……確かに、ルカみたく、妖精の籠を外から見ているだけじゃしょうがないもんな。


「アウラさんが、こちらにいればもう少し何か手があったかもしれないですけど……」

「そのアウラは、籠の中だもんな……」


 伝説級の魔術師であるアウラの知識なら何とか、というのもわからないでもない。俺はいまだバチバチやっているダイ様とオラクルを見た。


「お前たちも、何かわからないか?」

「妖精の籠というのだな。要するに、フェアリーなどの小妖精の作る異空間を再現した魔道具だ」


 ダイ様は言った。


「だったら、適当なフェアリーを捕まえて、その異空間の出入り口を開けてもらえばいい」

「フェアリーに限らずとも妖精の類ならば問題ないはずじゃぞ」


 オラクルも付け加えた。


 妖精か……。フェアリーと言えば、森の奥深くにいて、俺も本物をじっくり見たことはない。昔、見世物小屋でちらと見かけたことはあるが、昆虫の薄い羽根を持った小人みたいだった。


「とりあえず、妖精かフェアリーに当たってみるか」


 心当たりはまったくないけど。

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