第128話、光、重なって


 それは目の前に現れた。俺も、オルディネも目を疑う。


「ほこらは、ないよ」


 白い髪の少女は言った。そう、霧の中からフラッと現れて、俺たちに声を掛けてきたあの少女が目の前にいる。


 いるとしても、俺たちのずっと後方にいるはずの少女が、『前にいる』のだ。


「帰りたい……」


 少女は呟いた。オルディネは何か言いたげな顔のまま、思っていることとはたぶん違うことを聞いた。


「あの少女だろうか?」

「俺にはそう見える」


 たいぶ前に別れ、姿が見えなくなった彼女がここにいる。


「幽霊か?」

「あるいは、道がループしているとか……」


 この道は真っ直ぐだが、ある一定の地点で振り出しに戻る仕組みとか……。


「そんなことがあるか?」

「ここが、この世とは別の空間だって言うなら……そういうこともあるかもしれない」


 あんまり自信ないけど。


 少女は下山しているように見えて、ある地点に到達したら、もとの位置に戻されて――つまり俺たちの前から現れた、とか。


「どうするんだ、ヴィゴ?」


 オルディネは不安な表情を浮かべる。……やめろよ。俺も不安になるじゃないか。ただでさえ、ここでは確かなことなんでほとんどないんだから。


「帰りたいよ……」


 少女のか細い声に、オルディネが肩を震わせた。


「ヴィゴ、私は――」

「助けたいっていうんだろう? 俺もさ」


 だが俺たちが進むべき道は、後ろじゃない。帰るんじゃない。進むんだ。


 俺は手を差し出す。少女はすっと俺の手を取った。そのまま引いていこうとするのを止めて、向きを変える。


「君もこっちだ」

「ダメだよ。そっちは何もないもの」


 少女は言った。俺は後ろを指さした。


「じゃあ、そっちへ行って何かあったかい……?」

「……」


 少女は押し黙る。そりゃそうだ。彼女はずっとこの道を逆進していたに違いない。その結果は?


 霧の外に出ることなく、俺たちの前に現れた。つまり――


「そっちへ行っても帰れないということだ。だったらいくら戻ろうとしても、無意味だ」


 さあ、行こう。俺が手を引くと少女は一緒に歩いた。オルディネが口を開く。


「しかし、ヴィゴ。戻ってもないのは、何となくわかるが、少女が正面から来たのだから、そちらにも、やはり何もないのではないか?」

「ラパス老人は、道を辿れと言った」


 俺は強調する。


「この道は必ず祠に繋がっている」

「でも、この子は――」

「ループで戻された地点のすぐ後ろに祠があった場合はどうだ?」


 霧の中だから、ループした瞬間に気づかず歩き続けているが、実はその瞬間、ゴールである祠がすぐ後ろにあった状態だと仮定するとどうだ? 振り返らず、真っ直ぐ歩き続けていた少女は、祠を見ることなく、戻っては気づかずに自らの足で離れていくを繰り返していたなら。


「それを証明する術は?」

「ない。だが戻っても戻されるなら、進み続けるしかない。そういう試練だ。信じろ」


 俺たちは歩いた。道に沿って延々と。戻っても帰れないことを、奇しくも少女が証明してしまったわけだから、進むしかないのだ。


 どこまでも。


 真っ直ぐに。


 霧が立ち込める中、道に沿って。


 やがて、それはあった。



 ・  ・  ・



「祠、か……?」


 石造りの小屋のような大きさの建物があった。オルディネは小さく息をついた。


「祠だ。聖剣の試練の……終着点だ」

「中に入れるみたいだ」


 正面が開いている。中は真っ暗だ。少女が俺の手をぎゅっと握った。


「怖い……。闇の力」

「闇の力……?」


 オルディネが怪訝な顔をする。俺は聖剣を掲げた。


「暗いじゃなくて、黒いのか……!」


 光の具合で中が暗くなっているのではなく、闇の力が壁になっていて黒く見えているのかも!


 だとすれば、暗がりだと思って突っ込むと、闇に触れるところだった。


「聖剣よ。その光で闇を照らせ」


 俺の手でブレイブストームが輝く。光は暗闇を照らし――その黒い何かをさっと払った。何かいたぞ……?


 聖剣を松明のようにかざしながら近づく。祠の中の闇が光に追い詰められて消えていく。祠の中に進む。闇が払われ綺麗になっていくのは、掃除をしているみたいで悪くない。


「ヴィゴ」

「お兄ちゃん……」


 オルディネと少女の声。見れば、彼女たちの体が光り、そしてうっすらと消えていく。


「え……!?」

「――そうか、やはり、そうなのだな」

「そうだね」


 オルディネと少女は何かを悟ったような顔になった。消えつつある体――いったい何が起きているんだ?


「ヴィゴ、どうやら私は、当に死んでいたらしい……」

「何を言ってるんだ、オルディネ!? お前、ドラゴンと――」

「私の攻撃は、奴にまるで通じていなかった。つまり、そういうことだ」


 オルディネは穏やかな顔になる。


「50年かぁ。ようやく休めるということだ。ヴィゴ、お前のおかげでこの霧の世界から解放されたのだ。……ありがとう」

「オルディネ……」

「外に出たらお前と冒険がしたかったな。……私の聖剣ライトニングスピナーを、お前に託す」


 オルディネは、白い髪の少女へと視線を向ける。少女もヴィゴを見て、微笑む。


「ありがとう、お兄ちゃん。わたしを、アクアウングラを祠に連れてきてくれて。マスターの願いを叶えられた」


 お前たちは何を言ってるんだよ……。おい、消えるとか、嘘だよな……! いきなりすぎて、気持ちが追いつかねぇよ!


「聖剣アクアウングラは、お兄ちゃんの剣だよ」

「さらばだ、ヴィゴ」


 ふたりは消えた。残されたのは、長い月日で傷んだ聖剣が2本のみ。


 どれだけのこの空間に囚われていたのだろう? 俺はライトニングスピナー、アクアウングラを拾う。こんなにボロボロになって……。


 オルディネの遺品となった聖剣。白い髪の少女は聖剣そのものだった。だがその剣の輝きはまだ失われていない。


「お前たちの意志……確かに受け取った」


 俺の聖剣ブレイブストームにそれぞれの剣を合わせる。光はひとつに集まり、新たな聖剣を形作る。


『よくぞ、試練を潜り抜けた。聖剣の使い手よ――』


 声が降りかかった。気づけば祠の天井から光が降り注いでいた。これは、いったい……?

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