第127話、一本道


 正直、何が正しいのか。いまだに迷っている。


 あの白い髪の少女が、本当に迷っていたのなら、見捨てたことに罪悪感が込み上げてくる。あれは罠だと決めつけたとて、それが正解だったのかわからないからもどかしい。


「……!」


 唐突に、俺は気づく。この道、下ってね……?


「え……?」


 ずっと登りだった。オルディネと別れた後も、登っていた道。その傾斜は非常に緩やかで、ほとんど水平に近かったが、確かに登りだった。


 途中に分岐があったわけでもない。登りだった道がいま下っている。……これは、大丈夫なのか?


 いつの間にか進んでいる方向が変わった? いや、道はひたすら真っ直ぐだった。緩やかなカーブが続いて、いつの間にか180度引き返すことになっていた、ということもないだろう。


 一時的な下りか? それとも、実は祠を通り過ぎて、帰り道になっているとか? わからない。霧の中だ。祠らしいものは見ていない。


 完全に足が止まる。これを進んでいいのか? 間違った道ではないのか? ここはどこだ? どうなっている?


 落ち着け。信じられないが、登っていたはずが、いつの間にか下っていた。何が起きたのかさっぱりわからない。


 ……これも試練か?


 道を辿れ、とラパス老人は言った。祠に通じていると。誘惑だ。引き返すな。前へ、進め!


 俺は歩き出す。どんどん下る。不安は大きくなる。この道は間違っているのではないか? 本当に正しいのか? 大丈夫。道は外れていない。間違っていない! 正しい!


 自分に言い聞かせ、歩を進める。


 そして、俺は遭遇した。大地に響き渡る咆哮。闇のオーラをまとった白き巨大なるドラゴンが、俺を睨み、そして光のブレスを放った。


 突然だった。とっさに聖剣を構える。しかしすぐに、剣で防げるはずがないと間違いに気づいた。


 だがもう遅い。


 ドラゴンのブレスは俺なんかをあっという間に飲み込んで消し炭に変え――なかった。


 聖剣が光の膜を展開してブレス攻撃を弾いたのだ。他の聖剣3本を取り込んだブレイブストーム、その剣の輝きは強く、そして不思議と力を感じさせる。


 この聖剣ならば、ドラゴンとも戦える。魔剣を持っていた時と同じくらい、俺は頼もしさを感じていた。少しは聖剣というものの気持ちというか意志を感じているのかもしれない。


「行くぞ、ドラゴン!」


 俺は、聖剣を手に白きドラゴンに挑む。


 吐き出されたブレスを躱す。肉薄、そして聖剣でドラゴンの体に一撃。強固なドラゴンの装甲を切りつける。しかし傷は浅い。


 ドラゴンが体を翻して、丸太のような尻尾を鞭のように叩きつけてきた。飛び退いて回避。


 するとドラゴンの背中のヒレのような突起が輝くのが見えた。次の瞬間、光が放たれた。とっさに聖剣でガード、しかし勢いで跳ね飛ばされる。


「くそっ」


 背後から近づこうとする案はなしだな。光線のようなものが四方に放たれて蜂の巣だ。


「ライトニングスピナー!」


 雷鳴が弾けた。聞こえてきた女の声――まさか!


「苦戦しているようじゃないか、ヴィゴ!」

「オルディネっ!?」


 道中で分かれた女騎士が聖剣ライトニングスピナーを手に颯爽と現れた。


「どうしてここに!?」

「ご挨拶だな。貴様に言われて、目が覚めたのさ」


 オルディネは聖剣に雷をまとわせる。


「ずっと歩き続けることに飽きた。……それよりヴィゴ、やれるな!?」

「おうさ!」


 俺とオルディネは、白きドラゴンに挑む。


 後ろは駄目。ならば正面だが、ドラゴンはブレスを吐いてこちらを引かせようとする。だが俺とオルディネが左右に分かれることで、ドラゴンはどちらかしか攻撃できない。その隙に、もう一人が距離を詰めて――終わりだ!


 俺の聖剣が、ドラゴンの喉を貫いた。ドラゴンは光となり、一本の剣となる。


 このドラゴンの正体は、聖剣だったのだ。


「聖剣がドラゴンに……?」


 首を傾げるオルディネに、俺は首を横に振る。


「どうなんだろうな。よくわからない」


 回収した聖剣をブレイブストームと重ねさせて持てば、聖剣同士が合わさり、また一段進化した。


「いったい何だ今のは?」


 オルディネは驚く。


「俺のスキルさ。志半ばで倒れた聖剣使いたちの聖剣を引き継いでいる……ってことになるのかな?」


 剣の形が変わったせいで、4本目にしてとうとう鞘に収まらなくなった。仕方ない持って歩こう。


 俺とオルディネは先に進んだ。



  ・  ・  ・



 俺がこの山に来た話を聞いて、オルディネはショックを受けていた。


 霧の外では、50年ほどの時間が経過していたということ。ウルラート王国の時事やら話し込んで、情報交換するが、まだ半信半疑のようだった。


 国王が代わり、マルテディ侯爵がラパスではなく、その息子からさらに次、つまり孫がなっていること。意外なところでは、アウラの話が出た。


「王都に天才魔術師あり、という噂を聞いたことがある」

「いまその人、転生してドリアードになってる」


 うちの冒険者クラン、リベルタにその天才魔術師はいる俺は教えた。


「冒険者、か……」


 オルディネは目を細めた。


「もし、ヴィゴの言うとおり、霧の外が50年も経っていたら、もう帰るところもなくなっているのかもしれないな。……その時は、私を拾ってくれるか?」

「いいよ。今は、魔王とその力を巡って、きな臭い情勢だからな。聖剣使いが加わってくれたら、頼もしい」

「貴様だって聖剣使いだろうに」

「そうだけど、そうじゃないんだ」


 俺が聖剣を使えるのは持てるスキルのおかげ。


「確かに聖剣の力を引き出せるようにって、この試練を受けたけど、ちゃんとした聖剣使いがいてくれたほうがいい」

「忘れたのか? 私も試練が必要な方で、聖剣の力を引き出せている人間じゃないんだ」


 からからとオルディネは笑った。そりゃそうだな。ちゃんと力が使えるなら、そもそも試練を受けない。


「じゃあ、一緒に試練をクリアして、使えるようにしようぜ」

「ああ!」


 俺とオルディネは自然と拳同士を突き合わせていた。ドラゴンを一緒に倒したからだろう。戦友と呼んでも差し支えない関係になっていた。

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