第126話、聖剣以前に――
オルディネ・ペンデレという聖剣使いが、少女を探すという。
この霧の中で?
「本気か? この霧の中を探す?」
「そうだ。当たり前だろう?」
オルディネは当然という顔になった。
「いたいけな少女が迷子なのだぞ? それを助けずして何が騎士か!」
そりゃそれはわかるけど……。俺の中で疑惑が持ち上がる。
この聖剣使い、本物だろうか?
試練を受けて、帰ってこなかった者の話は聞いた。だが今現在、聖剣の試練を受けている者がいるとは聞いていないのだ。
この正邪の山は、マルテディ侯爵の領地にある。他の聖剣使いが試練を受けていると知っていれば、これから受ける俺に言わないなどあり得るのだろうか?
それに、記憶違いでなければ、いま王国で確認されている聖剣使いは、マルテディ侯爵と今騒動になっている東領のラーメ侯爵のところのみではなかったか? ペンデレなんて初なのだが。
「あー、オルディネさん? オルディネ・ペンデレさん?」
「何だ? 私は少女を探しているのだが――」
「あなたはここで何をしているのですか?」
「何を……って」
オルディネは眉をひそめた。
「そんなもの、聖剣の試練に決まっているだろう。貴殿はここがどこか知っているだろう?」
「正邪の山。知ってます」
俺は首を傾げる。
「マルテディ侯爵はご存じですか?」
「貴殿は何が言いたいのだ?」
オルディネは苛立ちを露わにする。
「無論、知っている。この試練の山に入るために、ご挨拶をしたのだからな!」
「それっていつの話ですか?」
「いつ、だと……お前、いい加減に――」
「大事な話なんですよ!」
俺も声を張り上げた。マルテディ侯爵のことを知っているなら、結構。じゃあ、あんたは、この山に『いつから』いるんだよ?
「さあな。夜を迎えていないから今日なのだろうが……正直、時間の感覚がわからん。もう随分歩いているのだが、貴殿もわかるだろうが――」
オルディネは周囲を見渡した。
「霧のせいで、時間の経過がわからない。夜になればさすがにわかると思うが、それに従うと、まだ私はここで夜を迎えていない……」
すっと頭に手を当てるオルディネ。
「ああ、おかしくなりそうだ。空腹を感じていない。足も動く。長く歩いているのに、入ってどれくらい経過したのかわからない……。極めつけは、迷い込んだ少女を保護し、山から出してあげようとしたら、見失う始末だ」
……ひょっとして、この人。実は、もう死んでいるんじゃないか?
俺は、オルディネへの疑いを強める。それとも、この霧の中は別世界で、時間の概念がおかしくなっているのか。
「ペンデレさん。先に進みませんか?」
「何だと!?」
オルディネは肩を怒らせた。
「ゴーストや魔獣がいるこの危険な霧の中を、幼気な少女ひとりで放り出せというのか?」
「その少女が、試練を受ける者を迷わせる罠の可能性だってある」
「そんなことがあるか!」
「ラパス老人の言葉を思い出してください!」
正しい選択をせよ。目的を見失うな。誘惑に耳を貸すな――マルテディ侯爵を知っているなら、ラパス老人のこともオルディネは知っているだろう。試練を受けるにあたって、たぶん同じことを言われたはずだ! ……たぶん!
「目的を見失ってはいけません。あの少女は試練を受ける者を惑わす誘惑かもしれない……」
「おい、ヴィゴと言ったな、貴様……!」
あれ、何か余計に怒っているような……! つーか、さっきから貴殿、お前、貴様と安定しないなこの人。
「侯爵閣下であるラパス様を老人などと呼ぶとは無礼であろう! あの方は、まだ33歳だぞ!」
「……」
あ、この人、過去の人だ。俺が試練を受けた時、ラパス様は誰がどう見てもご老人だった。
「じゃあ、マルテディ侯爵……オルカ殿はお幾つ?」
「はあ? 誰だオルカって? そんな名前聞いたことがないぞ」
冗談でもなく、本気でオルディネはそう言った。
「なるほど、理解した。ペンデレさん、いやオルディネ!」
俺は怒鳴った。
「あんた、何十年、霧の中を彷徨っているんだよ!」
「な……!?」
「今のマルテディ侯爵はオルカ様だぞ!」
そのオルカ・マルテディ侯爵が40代半ばだから、このオルディネは軽く4、50年くらい前の人間ということになる。
「聖剣の試練はどうしたんだ? あんた、その少女探して、うん十年、霧の中を彷徨ってるんだぞ!」
「……っ、いや、そんなはずはない!」
オルディネは首を横に振った。
「貴様の話は滅茶苦茶だ。何十年? そんなわけがないだろう。私はここに1日、いや数日いたとしても、何十年も経つほど飲まず食わずで生きていけるはずがない! 嘘を言うな!」
嘘じゃないのにな……。しかし、ここがこの世とは別空間、別の世界だとしたら、確かに時の流れがおかしいことはあるかもしれない。
死後、人間は天国か地獄に行くというが、そこでの時間の経過とかわかんないからな。
「……わかった。俺の話が信じられないなら結構。好きに少女を探しにでも行くといい。俺は試練を続ける。あんたの邪魔はしない」
俺は歩き出した。オルディネは目を剥く。
「貴様は、少女を差し置いて試練を優先させるというのか!?」
「そうだ」
振り向かない。もしかしたら、彼女自体、聖剣の使い手ではなく、試練に挑む者を惑わす罠かもしれないと思い始めていたから。
「見損なったぞ! 聖剣を持つからには高潔な騎士だと思ったが、人を助けずして、聖剣使いを名乗るなど恥をしれ!」
罵声が背中に刺さった。確かにそうかもな。か弱き者を助けるのが、騎士の務めかもしれない。だけど――
「俺は、騎士じゃないからな」
正直、俺だって少女を放っておくのは気が引けるよ。だが、それが罠じゃないって言えるか? 少女を探して何十年も彷徨っているオルディネさんよ?
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