第125話、霧の迷いヒト


 霧の中は果てしない。


 正邪の山の聖剣の試練。俺は道を辿るが、正直、ここが山とは思えなかった。


 たぶん、異なる世界。天国だか地獄だか知らないが、違う場所にいる。さっきから歩いている道はずっと真っ直ぐだから。


 しかも登っているはずだが、斜面は非常に緩やかで、山を登っている感覚もない。


 霧の壁のせいで、この道がどこまで続いているのかわからない。道を外れたら、絶対に迷子になるやつだ。どこを見ても、位置を推測できるような目印もない。進んでいるのかさえ、はっきりしない。歩いているように見えて、実は進んでいないのではないか、と思うこともしばしばだ。


「これも試練なんだろうな」


 誰も聞いていないのはわかっている。


「疑ってはいけない。目的を見失うな」


 ラパス老人の真似をしてみる。そこで、ふと、正面に影が現れた。


 またも聖剣使いの成れの果て――スケルトンナイトか?


 ブレイブストーム他、3本の聖剣の力を受け継ぎ、俺の持っている聖剣はさらに形が変わっていた。剣身に宿る光もその分、強くなっている。


 しかし、俺は剣を収めた。


 道にいたのは、白い髪の少女。10歳くらい。ボロボロの白い服を着ている。少女は泣いていた。


 ……これも試練か。


 盾をすぐに構える心構えで、俺は少女に声をかけた。


「やあ、こんなところでどうしたんだい?」

「……おうちに帰れないの」


 少女は小さな声で答えた。


「ここがどこかも……わからないの」


 迷子か。正邪の山の近くに人が住んでいるのか? ……まさか人と遭遇するとは思っていなかった。これならマルテディ侯爵やラパス老人に近場の地理を聞いておくべきだった。


「ひとりか? 家族は?」


 少女は首を横に振った。


「この山に住んでいるのか?」

「わからない……。気づいたら、霧の中にいた」


 ガチで迷子か? それとも試練? 正直、判断に困る。


「帰りたい……」


 うん、そんな悲しそうに言われると辛い。


「山の外に……連れていって」


 少女は俺に手を伸ばした。連れていってほしい、という少女の願い。それは、この道を引き返せということだ。


 誘惑に耳を貸すな、だったかな。ラパス老人の言葉を思い出す。


 少女は俺の手を取り、俺の来た道の逆を示す。柔らかな手だった。人間の手だ。幻の類ではない。


「よし、君を山の外に連れていくよ」

「本当……?」

「ああ。ただし、まず祠に寄ってからな」


 俺は少女に手を握られたまま、歩き出す。俺は祠に行く途中なんだ。たぶんこの山の頂上にあると思う。そこから君の帰る場所を探そう。


 そして家があるなら、そこまで連れていってあげよう。


「駄目だよ……」


 少女は立ち止まった。


「その先には何もないよ」

「何もない?」


 どうしてわかるんだ?


「わたしは、そっちの道から来たもの。ほこら、なんて、ないよ」

「そうか。祠はなかったか」


 俺はにっこり優しく言った。


「じゃあ、このまま進み続けて、本当に祠がなかったら、引き返そう。それでいいよな?」


 ブンブンと首を横に振る少女。


「駄目だよ。行っても何もないもの」

「それを確かめに行くのさ」

「……どこまで行くの?」

「祠が見つかるまで」

「ほこらはないよ……?」

「それでも、それを確かめるまでは行かなきゃ」

「じゃあ、ないとわかったら、一緒に山を降りてくれる?」

「もちろん」


 俺と少女は歩き出した。


「俺はヴィゴ。君は?」


 わからない、と少女は首を横に振る。記憶がない? そう確認すれば「そうかも」と答えがきた。それは困ったな。



  ・  ・  ・



 足取りは重く、ただひたすら霧の中を歩き続けた。道だけを頼りに。


 不思議と腹はすかないし、喉も乾かなかった。ただ歩き疲れはした。疲れはする。だが少女は、疲れた様子はない。表情に乏しく、まるで空っぽの人形のようだ。


 少し休憩している間も、少女は何も言わなかった。これが試練なら、先に行かせないように惑わせてくるかと思ったが、そんなこともなく、静かだった。……本当にこの不思議空間に迷い込んだ子なのかなぁ。


 この道はどこまで続くんだろう。霧で途中までしか見えない道を見つめる。


 ふと、何かが揺らめいた。霧の中、道の向こうから人が現れたのだ。


「……人間?」


 女騎士だった。紫色の髪の二十代半ばくらいの女性だ。魔法金属製の鎧をまとい、トボトボとした足取りでこちらにやってくる。


「人か?」


 向こうも俺に気づいた。


「貴殿は……戦士か?」

「ヴィゴ。魔剣士だ。あんたは?」

「オルディネ・ペンデレ。魔法騎士。聖剣ライトニングスピナーの使い手だ」


 聖剣使いじゃないか! これはビックリ。まさか生きている聖剣使いと出くわすとは!


「ヴィゴとやら。ここに来るまでに白い髪の少女を見なかったか?」

「白い髪の? ……それって彼女――」


 言いかけ、俺は目を見開いた。つい今までそこにいたはずの少女の姿がどこにもなかったのだから。


「私は、聖剣の祠を目指す道中、少女に出会ったのだが……」


 オルディネは言った。


「少し目を離した隙に姿が見えなくなってな」

「それなら、俺も、今しがた」

「何? いたのか、少女が!?」


 女騎士はホッと胸をなで下ろした。もっともすぐに表情を引き締めた。


「ならば、この近くにいるということだな! 私は彼女を探す。貴殿も手伝ってくれないか?」

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