第123話、試練の道


 聖剣の試練が、生きるか死ぬかの厳しいものだと教えたら、ルカもイラもディーも悲鳴のような声を上げて反対した。


「ダメです、ヴィゴさん! そんなの!」

「そうですよ、ヴィゴ様! どうか、そんな危ないことはやめてください!」

「たった独りでなんて! ボクたちも連れていってください!」


 ルカ、イラ、ディーは本気で心配しているのがわかる。……いい仲間たちを持ったな。


「悪いな。試練は聖剣の使い手しか受けられないんだ」


 だから正邪の山には俺ひとりで行くし、武器も聖剣のみ。魔剣であるダイ様も今回は連れていけないんだ。


 シィラは考え深げな顔になる。


「より強さを求めて、試練を受ける……。それでこそあたしが夫と見初めた男だ」

「シィラ!」

「ルカ。お前もドゥエーリの女ならばわかるだろう? 戦士の一族は、勇敢な者を尊ぶ」

「……それは、そうだけど」


 ルカが暗い表情になる。俺が死んだらって考えたんだろうな。山に入ったら最後、二度と会えなくなるとか、俺も寂しい。いや、そうならないよう、試練に打ち勝たないとな!


 アウラが口を開いた。


「魔王が復活するかもしれない。聖剣の力は不可欠よ。特にこの国では」


 聖剣の使い手の一族のひとつ、ラーメ家。その領地が魔物によって支配された結果、聖剣の使い手の一族の生死は不明となっている。状況から考えるに、生存は絶望的だろう。


「ワタシたちは、ヴィゴに託すしかない。大丈夫。アナタは強いもの」

「ありがとう、アウラ」


 励ましの言葉が身に沁みるね。

 魔剣から飛び出しているダイ様が俺を見た。


「試練がどのようなものか知らぬが、我は力を貸してやれぬ。精々頑張るがよい」

「ああ」

「……お主がおらぬと、我はこの町から動けなくなるからな。必ず迎えに来いよ」

「ほんと、それ!」


 アウラも追従した。


「ダイ様が動けないとワタシも動けなくなるからね。絶対帰ってきなさい!」

「必ずですよ!」


 ルカがズイと俺に近づき、その手を取った。


「待ってますから! 帰ってきて、くださいね……!」


 ぎゅっと手を握られる。何かこれ、戦場に遠征に行く恋人に対するような言動のように感じたのは気のせいか。……俺とルカって、そういう関係だったっけ?


「無事の帰還をお祈りします」

「ボクも」


 イラとディーが、祈りの仕草を取った。神様のご加護がありそうだな。


 仲間たちに見送られ、俺はラパス老人とマルテディ侯爵とその護衛と共に試練の山へと向かった。



  ・  ・  ・



 正邪の山は、マルテディ侯爵領内にあった。領主町ラゴーラから北に1時間ほどのところにある。……意外に近かった。


 近くで見るとそこそこ大きい山だ。麓には、確かに白い霧が囲んでいて、異様な雰囲気を感じさせる。


 来る時も思ったが、この山の回りだけ常に曇っていた。


「よいか、ヴィゴ。道を辿れ。祠に通じておる」


 ラパス老人は言った。


「正しい選択をせよ。目的を見失うな。誘惑に耳を貸すな」

「わかりました。ありがとうございます、ラパス様」


 俺は助言をくれたラパス老人に頭を下げると、山への道をひとり進んだ。


 防具はいつもと同じ。超装甲盾もある。ただ武器は、聖剣『ブレイブストーム』のみ。魔法やスキルは制限はなし。とにかく、生き残ることを考えろと言われている。


「果たして、何が待っているのやら」


 つい独り言が漏れてしまう。ラパス老人も、試練を果たすまでに何があるのかは教えてくれなかった。そういえば、俺がどの程度戦えるのか、確かめもしなかったな。


 試練の詳細を知らないから、入る前にどの程度の実力が必要か測りようがなかったのかもしれない。ただ、聖剣の使い手でも生きて帰れなかった者も少なくないという試練だ。相当強い化け物がいるのかもしれない。


「邪甲獣より強いかな……?」


 一瞬ぶるりと身震いがしたのは、ひんやりした空気を感じたせいか。うっそうと立ち込める霧。つい振り返れば、すでにラパス老人やマルテディ侯爵たちの姿は見えなかった。


「……」


 ふわふわした気分になる。俺が踏みしめる石や砂利の音が耳にこびりつく。そして時々寒気のような冷たさがすり抜けていくように感じた。


 道なりに進む。緩やかに登っているが、本当に傾斜は緩く、山を登っている気がしない。道の周りがいやに広く感じて、平原を歩いているような……。だがきっと霧のせいだ。道を少し離れたら、崖みたいになっているんじゃないか。



  ・  ・  ・



 どれくらい歩いただろうか。


 しばらくは山の周りを回っているのだろうとわかる右への曲がりが多かったが、先ほどからずっと道は真っ直ぐだった。


「この世じゃない場所ってことか……?」


 答える者はいない。この霧の世界に入り込んで、果たして帰れるのだろうか? 試練に挑んだ者たちが帰ってこなかったのは、この霧の世界で迷子になったからではないか?


 沈黙と冷ややかな空気が、心を締め付ける。


 この道は正しいだろうか? どこまで続くのか? すでに道を間違えているのではないか?


 もたげるのは、不吉な考えばかり。これも試練というやつなのかもしれない。


 信じるしかない。進もう。


 不意に気配を感じた。顔を上げる。白い霧の中から、フワリと黒い塊が流れてきた。まるで紙切れが風に飛ばされてきたように。


 とっさに顔に掛かってきそうだったので、手を出して掴む。黒い塊は、マントのような布きれだった。


 俺は心臓を鷲づかみにされたようにドキリとした。


 いや布きれではない。フード付きのマントだ。そしてそのマントから黒い手が伸びて動いていた。俺は頭の部分を持っていて、フードの奥に、揺らめく火のような目を見た。


 ゴーストだ!


 俺、ゴーストの頭を持っていたのだ! ……ゴーストも持てるんだな。


 これも持てるスキルの力か。ゴーストが手をばたつかせる。実体がないのに持たれてしまったことに驚いているのか、呪いの声のような呻き声を上げながらもがいている。


 とりあえず敵意を感じた。効くかわからないが、俺は聖剣を抜き、すっとゴーストに聖剣を突き入れてみる。


『ギィヤァァー!』


 心臓に悪い悲鳴をあげて、ゴーストが消えフード付きのボロマントだけが残った。倒したみたいだけど、これも試練なのか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る