第122話、聖剣の覚悟


「そもそも、聖剣とは何か」


 ラパス老人は、とうとうと語った。


 ひとこと聖剣と言っても、その成り立ちは様々だと言う。


 神の祝福を受けた剣。


 属性素材で作られた剣。


 精霊ないし聖霊の力を宿した剣。


 神やその眷属から授けられた剣、などなど。


「共通しているのは、大なり小なり、闇の力――魔王とその眷属に有効な武器であること。その聖なる武器を持つに素養を持つ者にしか、その力を解放しないこと。誰でも持てるようでは、他は認めてもわしは聖剣とは認めん」


 ラパス老人は目を細めた。


「その点、お主は、たとえスキルの影響とはいえ、聖剣を持つことができた。他の者が扱えない剣であるなら、それは聖剣であるし、お主の素養と言ってよい」


 そもそも、聖剣の一族だって、何らかのスキルによって聖剣を持てるだけかもしれない、と老人は語った。


「じゃが、どのような理由であれ、聖剣を持つことと使いこなすことは別じゃ。いかに素養があろうとも、実際に剣を振るう力がなくては意味がない」


 そこで、試練の場が存在するという。


 聖剣が引き継がれる中、使い手が最初に聖剣を持った者より結びつきが弱く、力を引き出せないことも、さほど珍しくもない。


「かつては、聖剣の使い手など珍しくはあっても希少ではなかった。じゃが、聖剣の力をより引き出せるように、試練に挑み、そして倒れていった」

「……」

「皮肉なことじゃ。平和であったことが逆に、聖剣の使い手の数を減らしていまうとは」


 ラパス老人は視線をここではないどこかへと向く。


「不思議なもので、聖剣の使い手は乱世であるほど現れる。お主も、そのひとりやもしれぬな」


 いや、俺はただ聖剣を拾っただけに過ぎない。もちろん、聖剣があるかもしれないと聞いて探したわけだけど。


「気になっているんですが……その試練とは具体的には何をするのでしょうか?」

「正邪の山じゃ」


 ラパス老人は目を閉じた。


「その山には、常に霧が漂う異様な場所が存在する。そこは神の世界に通じているとも地獄に通じているとも言われておる」


 何だそれは。神の世界とか地獄とか、とんでもな言葉がでてきた。


「この世なのか、あるいは別の世なのか、とにかく不思議な場所ということじゃ。その最奥にある祠に行けば、聖剣の使い手は洗礼を受けられる。それが試練じゃ」


 行って、その祠に辿り着けば、力を得られるということだろうか。不思議空間というのが何やら嫌な予感がするが、ドラゴンと戦えとか言われないだけマシな気もする。


「しかし、心せよ。試練は命を賭けたものとなる」


 ラパス老人の声は重々しかった。


「聖剣を使いこなす者とは、死の先を見、進む勇気が必要じゃ。生半可な覚悟では命を落とすじゃろう。……お主に、人生を賭ける覚悟はあるか?」


 人生を賭けろ、とか、大きくきた。


 これには俺も胸の奥がズキリと痛んだ。聖剣の使い手となるか、あるいは全てを失うか。


 まさに人生の選択だ。


 この選択で、俺、ヴィゴ・コンタ・ディーノが、聖剣の勇者として名を馳せるか、骸と化すのかが決まる。


 魔剣を手に入れて、Aランクの冒険者になった。王都や、国王陛下も救い、英雄の階段を昇っていると言っても過言ではない。


 ――無理に聖剣を手に入れなくてもいいのではないか?


 俺の心の中で、そんな言葉が湧き起こる。魔剣士として、邪甲獣キラーとして名を馳せてきている。その力を頼りにしてくれている人たちもいる。


 俺が聖剣の使い手に挑み、もし失敗したら、そういう人たちの期待を裏切ってしまうのではないか?


 リベルタの仲間たちも、俺がいなくなったらどうなる? ルカやシィラ、イラは心配してくれるだろう。ディーも、俺がいなくなったら他に頼る人がいなくなってしまうのでは……?


 そう考えたら、指先が震えてくるのを感じた。


「怖いか……?」


 静かにラパス老人は言った。


「失うことを恐れたか? それもよい。お主は正常な人間だ。引くのもまた、勇気じゃ」

「……」


 ここで引いても、誰も俺を責めない。命を賭けろといきなり言われて、そうそう覚悟できる人間なんて……。


「……」


 違う、違うな。


 俺は、いつからそんな守りに入れる立場になった?


 死ぬのが怖い? そんなの当たり前だ。冒険者として前衛張るって、いつだって命を賭けてるじゃないか!


 俺は魔剣だけの男で終わるつもりか? 魔剣があったから活躍した。それはそうだ。事実だよ。だけど、俺の持てるスキルは魔剣を持つためだけの能力じゃなくて、聖剣だって、普通は持てないものだって、何だって持てるスキルじゃなかったのか。


 試練は怖い? 当然だ。それを乗り越えるためにやるんだ。


 俺の中に、周囲の人間の視線が浮かんだ。


 モテない俺。冴えないと後ろ指を刺され、煮え湯を飲まされてきた俺。強くなれば変わる。そう思ってやってきた。


 だが、まだ足りない。魔剣で活躍した程度では、俺はやっぱり目立たない男なんだ。見送ってくれたノルドチッタの住民たち。華やかな仲間たちを応援する声はあったが、俺を呼ぶ声はついぞ聞こえなかった。


 俺は、魔剣と聖剣、両方を使える最強の男になってやる! 魔王が復活しようが、俺の手で倒せるくらい、強く……!


 前に出ろ。止まるな。留まったら、終わりだ! その程度の人間で終わっちまう。


 動機が不純だろうと俺はやる! 前に出るぞ! 誰からも凄ぇ奴だって認められる、いや認めさせてやる!


「……覚悟は決まったかのぅ?」

「はい」


 ラパス老人に俺は頷いた。


「聖剣の試練、受けます!」

「よかろう。しかと承った」


 老人は立ち上がった。


「オルカよ。試練の準備じゃ」

「はっ」


 マルテディ侯爵は恭しく、祖父であるラパス老人に頭を下げた。

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