第121話、ラゴーラのラパス老人


 翌日、マルテディ侯爵の騎士団と共に俺たちは、ノルドチッタを出発した。


 住民たちが集まって、わざわざ見送ってくれたのは、ちょっと嬉しかった。……うん、嬉しかったんだけどね……。


「ルカさーん!」

「シィラさーん、ありがとうございましたー」

「ディーくん、また来てねー!」


 アウラやイラ、マルモにもお礼の声。ニニヤは若い冒険者たちから見送られ、何故かゴムやベスティアにまで惜しむ声が聞こえた。


 ……俺は?


 ジョーが唯一、「ありがとう」って出発前に握手を交わしたけど、それだけだった。どういうことなの?


 釈然としないまま町を出た同じ頃、ロンキドさん率いるドローレダンジョンの調査隊が北へ向かった。俺たちリベルタが目指すは西。ノルドチッタから徒歩2日ほどの距離にあるマルテディ侯爵領の都市ラゴーラである。


「早く行けんのかー」


 ダイ様が不満を露わにした。


「我の闇鳥に乗ればすぐだというのに」

「仕方ないよ。俺たちは、一応、侯爵様の護衛で雇われている体で同行しているからな」


 マルテディ侯爵とお嬢さんのプリトは同じ馬車で移動中。俺たちは別馬車でのんびり随伴中だ。まわりには侯爵が自領から連れてきた騎士団がついている。


「これだけおれば我たちの護衛などいらんだろう」


 だろうなー。町を一歩出れば、そこは獣たちの庭。特に人間を襲う魔獣や盗賊などがよく現れる。


 しかし、侯爵領の騎士団がガードしている車列を狙おうとする敵は限られるだろう。生半可な盗賊は返り討ちだし、下級の魔獣も集団に飛び込んでくるほど間抜けでもない。


 襲撃があるとすれば、よほどの空腹か人間の集団を恐れない上級の魔獣や魔物ということになる。


「そういうヤバイのが現れるまでは、のんびり休養するさ」


 時間がゆったりと流れる。


 護衛の騎士団が騒がしくなることもあったが、近くに魔獣が現れた程度のものであり、魔獣も戦闘を避けて立ち去った。


 夜がきて、1泊野営する。夕食の後は、それぞれ自由時間だ。


 アウラはニニヤを教育していて、マルモは、サタンアーマー素材を使った装備について、ダイ様とゴムと話し合っていた。


 ディーは格闘術を習得したいらしく、シィラが自身のトレーニングがてら付き合っている。


 イラは、ルカに森などでの獣の狩り方を教わっていた。この微笑みシスターは、最近、長銃という飛び道具を使いはじめて、長距離からの射撃について勉強をしているのだという。


 暇そうなのは、俺だけみたいだな。何もない時は置物みたいなベスティアでさえ、今は見張りに立っている。


 一応俺も、昼間の休憩などで、侯爵様と多少お喋りをしたり、好奇心旺盛の騎士たちから声を掛けられたりはしたんだけど。


 ただ、マルテディ侯爵のお嬢さんとは、ほとんど顔すら合わせていない。……ひょっとして避けられているんだろうか?


 それはともかくとして、ディーは、白狼族の伝統で格闘術を学んではいたが、治癒術士という立場上、同族の中では弱かったそうだ。だが右手が呪われたことで、その力を使った戦い方を模索し始め、より素早く、的確な動きを求めて格闘術を見直している。


 ニニヤは、アウラというスーパー魔術師から指導をしてもらっているし、イラも色々新しいことに挑戦している。


 このクランは、まだまだ強くなるな。俺は魔剣に加えて、聖剣をより使えるようにする。邪甲獣や魔王の眷属関係に圧倒的な効果を持つ聖剣は必ず力となる。


 問題は、聖剣の試練とやらが、まったく見当がつかないことだ。マルテディ侯爵も、内容を知らないんじゃ、聞きようがない。



  ・  ・  ・



 道中、俺たちが出なければいけないような襲撃はなかった。何度か護衛の騎士たちが警戒配置についていたけど。


 街道に沿って移動を続け、翌日の昼には侯爵領に入り、小さな村で大休憩。そこからマルテディ侯爵領の領主町であるラゴーラに移動し、夕方には到着した。


 ラゴーラの中心にはヴォロンタ城があり、そこがマルテディ侯爵の居城だった。


「ここでは、貴殿らは客人だ。ゆるりと過ごされよ。何かあれば家の者に言うがよい」


 マルテディ侯爵は、リベルタの面々に告げた。俺をさっそく侯爵の祖父に引き合わさせてもらった。


「我が祖父ラパスだ」

「……」


 かなり小柄な人物だった。背筋が曲がり、しわくちゃの老人だった。目を閉じており、口元をモゴモゴさせていた。さらに杖をついていて、その高齢ぶりに拍車をかけている。


「お爺様。この者、ヴィゴ・コンタ・ディーノと申します。魔剣使いですが、聖剣にも素養があるそうです」


 マルテディ侯爵は、ラパス老人の耳元で、そう説明した。耳も若干遠いのかもしれない。


「聖剣の力を引き出す、とな?」


 しわがれ声が、ラパスの口から漏れた。


「なにゆえ、聖剣の力を求める」

「黒きモノと戦いました」


 俺は答えた。


「それらに対抗するためには、普通の武器では不可能です。聖剣という対抗手段が欲しいと考えます」

「ふうむ……」


 ラパス老人は顎に手を当てて唸った。


「お主は魔剣を持っておろう? それでは駄目なのか?」

「魔剣から、黒きモノの力は危険と警告されました。取り込み過ぎると暴走のきっかけになると」

「ほう……魔剣が。……その魔剣の名は?」

「ダーク・インフェルノ。暗黒地獄剣とも呼ばれ、千年前に封印されたものです」


 ほほっ、とラパス老人は笑った。


「かの暗黒地獄剣を抜いたとな……。お主の魔剣は世界を破滅に追いやるといわれた恐るべき剣。それを持ちながら、なお聖剣を欲するのか?」

「俺、いえ私は、あくまでスキルで持っているだけで、魔剣の力を引き出せていません。黒きモノや魔王の力を吸収することで魔剣は自力で力を取り戻しつつありますが、制御できないようでは意味がありません。大陸を破壊するような力は、私も望んでいませんし」

「世界を破壊しないためとしながら魔剣を持つ、か」


 何がおかしいのか、ラパス老人は肩を小さく震わせた。


「捨ててしまえばよいものを。……お主に暗黒地獄剣は御せるか?」

「今のところは。ですがこのまま、魔剣しか頼れないようでは、いずれは……」


 ダイ様も闇の力に飲み込まれ、暴走するかもしれない。もちろん、俺はそんなのは望んではいない。


「よかろう。お主に聖剣の試練を話してやろう。じゃが……この試練は、己の命を賭けるものだ」


 ラパス老人は、うっすらと目を開いた。


「試練を乗り越えた者は、聖剣を手足のごとく使いこなせるじゃろう。しかし乗り越えられねば、試練の場で死ぬ。……二つにひとつ、じゃ」


 かつて聖剣の力をものにしようと、聖剣の一族の者たちが挑み、何人も命を落としたのだという。


 老人は言った。


「どうする? あるいは試練を受けない、という道もあるぞ……」

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