第120話、侯爵の来訪


 オルカ・マルテディ侯爵は、先代の聖剣使いだった。


 40代半ば。長身にして精悍、そして岩のような厳めしさを感じさせるその顔立ちは、見る者を威圧する。


 戦装束でやってきた侯爵は、武人そのものであり、凄味があった。


「モンソ子爵、貴殿は無事だったようだな」

「はい、侯爵閣下。救援に駆けつけてくださり、誠にありがとうございます」

「うむ、娘がそちらにいたからな」


 ニコリともせず、オルカ・マルテディは言った。


 ……娘?


「プリト様には、もうお会いになりましたか?」

「怪我もなく、な。まあ、私を見て泣きついてきおったがな。相当怖い思いをしたのであろう」

「申し訳ございません」

「なに、よく我が娘を守ってくれた。感謝こそすれ、非難などは微塵もない」


 表情がほとんど動かないから、言葉で聞いても本当にそう思っているのか、いまいちわかりにくい。


 話から察するに、この町に侯爵の娘がいて、ダンジョンスタンピードに巻き込まれたと聞いて、救援に駆けつけたというところだろう。


「プリト様をお守りできたのは、ひとえにこちらにいるヴィゴ殿以下、リベルタがいち早く駆けつけてくれたおかげであります」


 おっと、子爵が俺のほうへ向いたぞ。関係なさそうだから、お暇しようとしていたところだから油断した。


 その怖い顔が、こっちを見たぞ。


「おお、貴殿が噂の魔剣使いのヴィゴか」


 そこから挨拶に始まり、娘のプリトを守ったことを感謝された。……俺、そのプリト嬢と会ったことがないので、正直困惑している。まあ、守った住民たちの中にいたらしいから、そうなんだろうね。


 で、これまた部外者であるが部屋に残っていたロンキドさんを見て、マルテディ侯爵は声をかけた。Sランク冒険者であるロンキドさんとも面識があるのは、さすがお貴族様か。


 そしてロンキドさんは、またも俺の名を出した。


「実は、聖剣使いのマルテディ閣下にご相談したいことがありまして。ここのヴィゴ、彼は魔剣のみならず、聖剣を一振り、手に入れまして」

「なに、聖剣を?」


 マルテディ侯爵の目が険しくなった。


「魔剣使いが聖剣をも使えるとは……聞いたことがない」

「それについては、ヴィゴが持つ『持てるスキル』の力によるところでしょう」

「詳しく聞かせてくれ」


 ロンキドさんが俺のことを話す。魔剣を保有する経緯。そしてつい最近入手した聖剣ブレイブストームを手に入れ、そして持てることについて。


「……なるほど、スキルの力か」


 テーブルに置かれた聖剣ブレイブストームに目を落とすマルテディ伯爵。


「ヴィゴよ、聖剣を持って見せてくれ」

「はい」


 俺が聖剣を持つと、その剣がうっすらと青く光った。見守っていたモンソ子爵が目を見開いた。


 マルテディ侯爵は頷いた。


「なるほど。その輝き、聖剣使いの素養はあるようだ」


 聖剣使いの一族から認められた。顔が怖い人だから、ちょっと嬉しい。


「しかし、その輝きは弱いな」

「かろうじて、使えるというレベルでしょうか」


 ロンキドさんは言った。


「そこで侯爵閣下にご相談したいのは、ヴィゴが聖剣の力を引き出せるようにならないか、ということでして」

「フムン」

「昨今、魔王の復活を企んでいると思われる者たちが暗躍しております。対抗策はひとつでも確保しておきたい、というのが国王陛下の意向でもあります」

「邪甲獣の件は知っておる。確かにキナ臭い情勢である」


 マルテディ侯爵は自身の眉を撫でた。


「ラーメ侯爵領での問題もある。備えは必要だろう」


 息子――娘か? ヴィオ・マルテディも東領のラーメ侯爵領へ行っていたな。


「聖剣使いに相応しい力を持たせるか……」


 マルテディ侯爵は腕を組んで唸る。


「私も、ヴィオもその力を解放するために、特に何かしたわけではないからな。やったことと言えば、どちらかと言えば剣術を修練したのみ」

「では、手はないと?」

「いや、聖剣使いの一族の中には、素質に恵まれない者もいた。それらの中で、聖剣を使おうと修練を重ねた者が挑んだ試練の場所がある」

「試練の場所……?」

「左様。その試練を見事乗り切れば、聖剣の力を引き出すとも、使いこなせるようになるとも言われている」


 とマルテディ侯爵は言うが、何となく歯切れが悪い。ロンキドさんもそれを感じたようで、首をかしげれば――


「いやすまぬ。何せ、その試練を受けた者を実際に見たことがないのでな。我が祖父から聞いた話だ」


 そもそも聖剣使いの数自体少ない。聖剣はもっと少ないから、そうポンポン試練を受ける者などいないのだろう。


「ヴィゴよ。もし聖剣の力を引き出そうと本気で考えているなら、一度我が領地へ来るとよい。祖父から詳しい話を聞けるやもしれん」


 マルテディ侯爵の祖父とは、果たしてお幾つなのだろうか。父ではなく、祖父なのだから、相当な高齢だろう。


 ロンキドさんが俺を見た。


「どうする、ヴィゴ?」

「そうですね。クランの仲間たちに話す必要はありますが、俺は行こうと思います」


 せっかく手元にある聖剣だ。その力を引き出せれば、魔王の復活なんて事態となっても戦えるだろう。


「わかった。……閣下もよろしいですね?」

「うむ。彼は娘の恩人でもある。私としても最大限の便宜を図ろう」


 マルテディ侯爵は請け負った。


 そうとなれば、仲間たちに相談だ。


 俺は聖剣を使いこなすための試練とやらの詳細を知るために、マルテディ侯爵領へ向かいたいとクランメンバーに話した。


「いいんじゃない」


 アウラが言えば、シィラは。


「もっと強くなるつもりなのか、ヴィゴは。その向上心は見習わないといけないな」


 ルカ、イラ、ディーも快く承認した。マルモも聖剣の試練とやらに興味があるようで頷いた。ニニヤが少々疲れた顔をしていたが、こちらも「いいですよ」と答えた。


 では、俺たちリベルタは、マルテディ侯爵領へ行くぞ!

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