第113話、戦いの朝
慣れたベッドで眠るのはいいものだ。
これが外壁裏のキャンプだったら、鎧や金属のこすれる音が夜中も聞こえて、なかなか寝付けなかったり、いつ起こるかわからない戦いに緊張を強いられていたかもしれない。
ルカがマッサージしてくれたおかげか、単に疲れていたのかよく眠れた。
翌朝、ベッドで目覚めれば、何故かでかいお胸様があって心臓が止まった。もしやシィラがベッドに潜り込んできたのでは……いや肌の色が違う。おっきな胸の持ち主の顔を見れば……。
ルカだった。
……ええっ!? 肌がっ。
上半身を起こした反動でめくれた毛布。下の下着はあるけれど、上の下着はどうなった!? 慌てて、毛布をかける。
落ち着け、俺! ここは俺の部屋だな、うん、間違いない。……じゃあ、何故ルカが俺のベッドに入り込んでいるんだ?
まさか、ルカが寝ぼけて間違えて俺の部屋に……? 確かに、彼女も俺と同じ3階の住人だ。隣と言えば隣なのだが、通路を挟んで俺が南東の部屋、ルカは南西の部屋で、これで間違えるか……?
……しかし、ルカって寝る時ブラしないのか。大きな胸の人ってそうなのかな――いかんいかん、何考えてるんだ俺!
同じベッドに入っていることで俺は興奮……いや取り乱している! からかいドリアードのアウラの時とはわけが違う! ルカだぞ、彼女はとても真面目な子なんだ。
「ん、んん……」
「!?」
俺は慌てて背中を向けて、寝たフリをする。後ろでモゾモゾと動く。ルカが起きたか。心臓の鼓動が大きくなる。ここは俺のベッド。俺が横になっているのは何もおかしくない!
「……」
「……」
いま、ルカはどんな顔をしているのか。背を向けているからわからない。同じベッドにいる俺を改めて見て、彼女はどう反応する!?
ベッドから重みが消える。後ろで動いている気配を感じる。見えないけど、あのおっきなお胸をブラに収めていたりするんだろうか。
触れられていないのに背中がぞわぞわする。呼吸が荒くなりそうになるのを抑える。息苦しくなってきた。
耳が、布のすれる音を拾う。彼女が着がえている。今振り向けば、それを見ることが――。
……。
…………。
スタスタと足音がして、扉が開く。そしてそっと閉じられた。
「……」
行ったか? もう目を開けても大丈夫? いつの間にか閉じていた目を開く。もし目の前にルカが待ち伏せしていたら――
もう部屋には誰もいなかった。ホッとするやら寂しいやら。複雑な心境。
「やべ、まだドキドキしてるわ」
わからない。何故、ルカは俺のベッドにいた? 寝ている間に何かされた? いや、こっちはアンダーウェアを着たままだ。
知らない間に、いかがわしいことは行われていないのは間違いない。単なる添い寝? あれか? これからの戦いのことを考えて寝付けなかったから、俺のところにきたとか?
「……ルカって寝る時、裸族なんだな」
わからないが、とりあえず、それだけはわかった……かもしれない。
・ ・ ・
何事もなく朝食を食べ、外壁キャンプへ向かうべく装備を整える。……ルカはいつもと変わらない表情で、とくに不自然な言動はなかったが、アレは何だったのだろうか?
自分から問いかける勇気もなく、そのままリベルタの家を出る。
「昨日はよく眠れたか?」
シィラが聞いてきた。何気なく言ったようなのに、何故か意味深に聞こえるのは何故なのか? こいつ、ルカが俺のベッドにいたことを知っているのでは?
「ん? どうした、ヴィゴ?」
わからん。お前の姉貴が俺のベッドにいたんだが、と言ったらどんな反応を返すだろうか? うん、言わない。面倒なことになりそうな予感しかしないからだ。
アウラに聞かれてみろ、クランメンバー全員の前でからかってくるに違いない。
気分を変えよう。
王都外壁につくと、守備隊や冒険者たちが、戦いの準備を進めていた。
「おはよう、ヴィゴ」
「来たな」
ロンキドさんとカヴァリ隊長が本部天幕にいて、俺を招いた。
「おはようございます。昨晩はどうでした?」
「攻勢自体はなかった」
ロンキドさんが眼鏡のズレを直し、テーブルの上の戦況図を指し示した。
「ゴブリンスカウトが投石を仕掛けてきたくらいだ。敵は外壁北門前に集まっている」
こちらは門を閉めているので、ゴブリン軍団も手出ししてこなかったという。
「ただし、そう言っていられるのは今日までだろう」
カヴァリ隊長は顔をしかめた。
「最新の報告だ。敵の数が増えた。トロルだ」
毛むくじゃらの巨人だ。巨人種族としてはそこまで大きく、身長は3メートル前後か。ただ凶暴な上に、武器や多少の道具を使う知能がある。
もっとも恐ろしいのは、その再生力で、致命傷と思われた傷からも回復することがあるという点。つまり、恐ろしく倒しにくい。
「トロルは洞窟か、夜にしか行動しませんよね?」
「そうだ。だから今は、外壁の外で石化している」
弱点として、日光を浴びると石になるという特徴がある。だが夜になれば、石化は解かれて動き出す。
「ゴブリン軍の後ろからついてきていたらしい。日中石化している分、行軍から遅れていたのだろう。それで夜のうちに、王都近くにまでたどり着いたというわけだ」
「朝になる直前だったからよかった」
ロンキドさんは目を回してみせる。
「もし夜中だったなら、夜のうちに外壁の門を物理で破壊し、ゴブリン軍団が王都内に侵入していたかもしれない」
トロルは怪力だ。それで鈍器などをぶつければ、攻城兵器と同等の威力となる。
「増援のドロルがおよそ200。昨日のゴブリン軍団の残りと合わせて530ほどになる」
カヴァリ隊長は、口元を歪めた。
「つまり、今日の夜までにこいつらを片付けないと、大変なことになるということだ」
「魔剣は大丈夫です」
俺は言った。ダイ様には確認済だ。
「いつ仕掛けますか? こちらはいつでもいいですよ」
「では、始めよう。トロルは石化しているうちに全滅させておきたいからな」
かくて、北門裏に兵士や冒険者が集まる。守備隊はきっちり列を形成したが、冒険者たちは思い思いの位置で固まっている。
俺は魔剣と超装甲盾を手に、それらの最前列に移動する。傍らにはベスティアとゴム。46シーを放った時の影響をほぼ受けないコンビがつく。
「かいもーんっ!!」
開門の声が響き、ギシギシと耳障りな金属音を立てながら、王都を守る外壁門が開いた。
開けた北の大地。二百メートルほど先に、ホブゴブリン軍団が陣取っている。
行くぞ!
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