第112話、マッサージはいいぞ


 風呂からあがって、さっぱりしてリビングに戻ると、敷物の上でシィラが半裸で横になっていた。


「おおぅ」


 思わず声に出てしまった。潰れた横乳ーっ。でかい。


「おう、お帰りヴィゴ」

「お帰りなさい、ヴィゴさん」


 ディーが、シィラの背中をマッサージしていた。……そういえば、ディーってマッサージうまいんだっけか。


「う……ん、そこ、いいナァ」


 ご満悦な声を上げるシィラ。


「どこぞの姉貴と違って、ちょうどいい……」

「じー……」


 うわっ。そのどこぞの姉貴――と思われるルカがキッチンの陰から見ている。


「昔は、お姉ちゃんにアマアマだったのに……」


 どうやら妹が構ってくれなくてお姉ちゃんは拗ねているらしい。子供の頃はさぞ仲がよかったんだろうな。


 ほっこりしていたら、ルカと目があった。


「そうだ、ヴィゴさん。私が背中、マッサージしてあげますよ!」


 満面に笑みでやってくるルカ。


「家では、私マッサージ上手だったんですよ!」

「気をつけろよ、ヴィゴ。そいつは加減を知らない」


 シィラがこちらに顔を向けて、ニヤニヤとしている。


「痛いのは私のせいじゃありません! ――ヴィゴさん、明日も戦いがあるのですから、少しでも回復したほうがいいですよ!」


 身長差のせいか、ルカがそびえる壁のようだった。この娘、体格もだがその力も怪力レベル。その手から繰り出される痛いくらいのマッサージ、とは……?


 これはマズイのではないか?


 助けを求めるべくリビングを見回す。アウラは自室と研究室がある地下に行っていて、ニニヤは自室で休んだ。


 マルモとイラは、アンジャ神殿の回収品である銃をいじる手を止めてこっちを見ていたが、俺の視線に気づくとふたりともあからさまに顔を逸らした。そんなふたりをゴムがぽよんぽよんと体を震わせながら見ている。


「ヴィゴさーん」


 がっちりルカに肩を掴まれた。


「マッサージしますから、そこに寝てくださいねー」


 笑顔が怖い。



  ・  ・  ・



「痛かったら言ってくださいねー」


 ルカの声音はすごく優しい。俺が子供になった気分だ。


 気づけばリビングで、俺とシィラがそれぞれマッサージを受けている格好になった。


「んんん――」

「大丈夫か? ヴィゴ」


 シィラが声をかけてきたので、俺はそちらに向いた。


「気持ちいい……」


 加減をしらないなんて言うから、どれだけ痛いかと思ったが、そんなこともなかった。この微妙な痛いの一歩手前感は何なんだろう。


 それより、ルカの手が直接俺の背中や肩、首回りをサワサワしているんですが……。ドキドキしてきた。


「ルカ」

「痛かったですか?」

「いいや。マッサージ上手だな」

「っ! いえいえ」


 彼女の力を入れた時の息遣いとか、何か聞いてて温かく感じるんだよな。これは、今夜はよく眠れそうだ。


 視線を、武器をいじっているマルモとイラへを向ける。


 今日の戦いでは、マルモが使ったガガンが中々の活躍を見せていた。連続して放たれる魔弾は、今回のような集団相手に有効だと思う。


 銃というものに興味も湧いたのは、俺だけではなく、イラもそうだったようだ。彼女は擲弾筒という、爆裂弾を敵集団に放つ投射武器を使っているから、同じ飛び道具には関心があるのだろう。


「それは、ライフルというヤツですね」


 マルモはイラが持った長銃を指さした。


「筒の中に螺旋状の溝があって、それが弾に回転を与えるんです。おそらく、とても腕のいいドワーフ職人が作ったんでしょうね」


 射程が長く、さらに弾道が安定するので命中率も悪くないらしい。


「アンジャ神殿の品は、どれも昔のものというには高度なものばかりです。使ってみて分かったんですけど、あのガガンなんか超不明武器ですよ」


 マルモは言った。イラは首を傾げる。


「超不明武器?」

「どうして存在するのかわからない武器ということです。元々、ドワーフは銃を作り出したのですが、大昔にこんな性能のいい武器があるのがわからない。考えられないのですよ!」


 現在の技術では再現不可能な技術と部品の集合体、ということらしい。


「あの箱みたいなパーツがつくと、そこからガガン本体に魔弾を供給するんですが、その魔弾が無限に撃てるみたいです」


 なにそれ、凄ぇ。


「それにコレ、昼間にあれだけ撃ったのに、部品がまったく摩耗していないんですよ! 普通は使えば使うほど消耗して、どれだけ手入れしても壊れるものなんです。だけどこれ、新品みたいなんですよね……」


 マルモはガガンを撫でた。


「そもそもこの金属が何で出来ているのかもさっぱりわかりません……」


 ぽよんぽよん――ゴムが体を揺するように揺れている。まるで『気づいてー』と言っているような気もする。


「それ、ゴムじゃね。サタンアーマースライムの変化した装甲ってやつ」


 俺が思ったことを言うと、ゴムがピタリと動きを止めた。マルモが驚き、視線を黒スライムに向けた。


「サタンアーマースライム、とは……?」

「魔王が作った自分用の装備の素材なんだ。聖剣以外には、ほぼ無敵の防御力を持つんだ」


 俺は以前、ダイ様から受けた説明をそのまま伝えてやる。ほぉ、と感心するマルモは好奇心のこもった視線をゴムに向ける。


「そういえば、アウラさんがスライムと防具の話を少ししていましたけど、これのことだったんですね! 納得しました!」


 アウラか。そういえばそんなことも言っていたような。


 後で聞いてみます、と言ったマルモは、イラと銃についての説明を続けた。明日以降の戦いでは、射撃武器の使用が増えるだろうという予想のもと、イラに撃ち方を教えているようだった。


 熱心なことで……。――んんーっ、あ、ルカさん、そこそこ。キクーっ。


 マッサージはいいぞ。最高だ。

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