第108話、スタンピードの矛先
王都カルムに迫る魔物の大群。その報告は当然、大臣の部屋にいた全員を驚かせた。
「北方……! ロンキド殿!」
「ダンジョンからだとすれば、ドローレダンジョンからでしょうな」
王都より北にあるダンジョン『ドローレ』。典型的な地下洞窟型ダンジョンで、俺も『シャイン』にいた頃には何度も行った。この辺りの冒険者にとっては狩場のひとつである。
ロンキドさんは唸る。
「北を疎かにし過ぎたというのか……。いや確かに、ここ最近冒険者たちは、王都南の邪甲獣ダンジョンに注目が集まっていた」
邪甲獣という目の前の危険。王都にほど近いということもあり、冒険者たちの狩場がそちらに移った。
本来、冒険者が入って間引きしていた北方ダンジョンのモンスターが放置気味となった結果、ダンジョン内にモンスターが溜まり、吐き出し現象――ダンジョンスタンピードを発生させたのだ。
「ここ最近、王都冒険者は邪甲獣にやられ数が減っていた。そこへきて、ラーメ領への遠征で、さらに人手がいなくなった……」
「うむ、そうだ。これはまずいことになったぞ、ロンキド殿」
シンセロ大臣も頭を抱える。
「王都の軍も出払っておって、守備隊の数もわずかだ。しかもここ最近の騒動で守備隊も損耗しておる。残っている者の半分以上が新兵だぞ!」
それやばいんじゃないか? 俺は思ったが、それをよそにダイ様が立ち上がると、部屋の窓へとトコトコ歩いていく。……どこ行くん?
「ちょっと様子を見させる」
ダイ様が言ったその瞬間、窓の外にで馬鹿でかい巨鳥が現れた。
「なに今の!?」
「先日、闇の力を取り込んで、また一段力を発揮できるようになったのだ!」
フフン、とダイ様がドヤった。
「闇鳥とでも呼ぶがよい。我の使い魔みたいなものだ」
「使い魔!」
アウラも巨大な闇鳥の姿に目を見開く。北の空へと飛び去る闇鳥。その羽ばたく両翼も含めて10メートル以上あるようだ。
「あんな大きな使い魔なんて、初めてみるわ」
「人も乗れそうだな」
「乗れるぞ。いーぞ、もっと驚け!」
調子に乗ってるなー、ダイ様。俺が振り返ると、ロンキドさんもシンセロ大臣も目を点にしていたが、カメリアさんが口を開くと元に戻った。
「伝令によれば、ノルドチッタにも魔物の群れが進んでいるようで、おそらく包囲されていると思われます」
ノルドチッタは、王都より北西方面にある城塞都市である。
「何と……敵はノルドチッタにも!」
総数で言えば、千どころではないようだな。しかし、町といえば――
「メディオ村についてはわかるか?」
ロンキドさんが聞いた。メディオ村は、ドローレダンジョンにもっとも近く、俺たち冒険者にとって休憩拠点もなっていた。
カメリアさんの表情が曇る。
「伝令によれば、おそらく全滅かと」
「……」
沈痛な空気が室内に漂った。一度でもメディオ村に行ったことがあればわかる。スタンピードなんて起きたら、おそらく半日ももたずやられるだろうことは。
「そうだな。魔物どもがメディオ村を迂回する理由がないな」
ロンキドさんは絞り出すように言った。
「すぐに防衛態勢を整えませんと」
「うむ。カメリア君、守備隊長には――」
「はい、すでに伝令と共に事態を聞き、防衛のための準備に掛かられています」
「そうか。……ロンキド殿、王都に残っている冒険者にも――」
「無論です」
ロンキドさんは頷くと、俺たちを見た。
「リベルタにも防衛に参加してもらうぞ」
だろうね。ダンジョンスタンピードほどの事態となれば、冒険者は強制参加が確定である。それがなくても王都の防衛には参加するけどね。
「……おー、見えてきた!」
ダイ様が叫んだ。見えてきたって、何が?
「もしかして、ダイ様、使い魔の――」
「そうだ。こっちへ向かっている敵の姿が見えるぞ。……ふむふむ、敵の主力はゴブリンだ」
ゴブリン――子供サイズとされる鬼とも亜人とも言われる種族だ。人類に敵対的で、野蛮かつ凶悪。女子供をさらい、生殖活動や餌として食らうので、忌み嫌われている。
「ゴブリンか……」
数は多いが、筋力などは人間の大人に劣るので格下感は否めない。
「これ、ゴブリンと言っても、大半は上位種だ。狼を飼いならしたゴブリンライダーに、ホブゴブリンが中心だ」
ホブゴブリン――ゴブリンよりも大柄で成人男性と遜色がない。より戦闘力が高く、より脅威度は高い。それが集団の中核を担っているとは……!
「ゴブリンは繁殖力が強いからのぅ。潰し足らずに、溢れたんだろうな」
これだから間引きは大事、というかゴブリンに関しては滅ぼしてしまってもいい気がしないでもない。
シンセロ大臣は唾を呑み込んだ。
「大半がホブゴブリンとは、これはいよいよもって危険だ」
「結構ペースが早いようだ。……こりゃ半日もせずに王都に着いてしまうのではないか?」
「すぐに王都を封鎖し、防衛態勢を――」
「失礼したします!」
大臣の部屋に、新たな騎士が現れた。
「大臣閣下、つい先ほど、ノルドチッタより伝令が到着しました! 町がホブゴブリンとトロルの大群に包囲され、王都よりの救援を要請しております!」
「救援……っ!」
シンセロ大臣の表情がぐしゃりと歪んだ。
「救援! 王都でさえ兵の数が足らんと言うのに……!」
大臣がイライラと部屋を歩き回る。
「わかっておる。本来ならば救援に応えるところだろう……。陛下にどのように言えばよいのだ」
俺はダイ様に囁いた。
「なあ、あの闇鳥って人を乗せられるんだよな?」
「無論だ。何が言いたい?」
「ちょっとした閃きなんだけどさ。俺とダイ様で闇鳥に乗って、敵集団に46シーをぶっ放せば、そこそこの敵を吹っ飛ばせない?」
「あー、なるほど」
ダイ様はニヤリとした。
「できるぞ。むしろ、46シーの威力ならば、王都にこもるより、平野にいるうちに使ったほうがよいだろ」
そう、王都内じゃ使えないけど、46シーなら敵をまとめて吹っ飛ばせる。
「闇鳥で移動するなら、ある程度、王都に向かっているヤツらの数を削った後、俺たちだけでもノルドチッタへ救援に行けるんじゃないかな?」
で、包囲している敵の背後から46シーをぶっ放して削るとか、な。
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