第59話、どっちも救ってやんよ!


「危ない!」


 ロンキドさんの声に振り返る。飛んできた岩をロンキドさんとカメリアさんが盾で防いだ。


「ぐぬっ! どうやらダークリッチは、魔法ではなく物理に切り替えたらしい! カメリア! 大丈夫か!?」

「大丈夫です!」


 天井から落ちた瓦礫を掴んだダークリッチが、それをこちらに放り投げてきた。


「ストーンウォール!」


 ヴァレさんが岩の壁を形成して、飛んできた瓦礫を相殺する。

 あまり時間がないようだった。モニヤさんが、俺の左手に高位回復魔法を掛けた。


「これで大丈夫?」

「ええ……持てたみたいです」


 俺の左手に、眩い光の球が乗っている。これは強力そう。


「あとは……ダークリッチの動きを多少でも止められれば……」

「仕方ないわね」


 アウラが両手を合わせた。


「ヴァレ! 防御は任せる! ……生命宿す大樹よ。その枝を以て、かの者を繋ぎ止めよ!」


 マジックシールド解除と同時に、ダークリッチのいる床から無数の木の枝が音を立てて伸びた。それは絡み付くようにダークリッチをその場に固定していく。


「ヴィゴ、今よ!」


 俺はダッシュブーツで駆け出す。待っててくださいね、陛下! いまお助けします!


 ダークリッチが枝の拘束を解こうと身をよじった。もう少し、大人しくしてろよ!


 王冠を乗せた頭蓋骨がこちらを見た。魔眼とか使うんじゃねえぞ!


 と、その瞬間、奴の顔面に小爆発が起きた。イラが擲弾筒を使ったのだ。ナイスアシスト!


 ダークリッチの手前で、ちょうど陛下の高さまで行ける枝があった。アウラが足場を用意してくれたらしい。気が利くぅ! 


 そして俺は辿り着いた。国王陛下は目と鼻の先だ。生きているのか死んでいるのか判別しずらいほどぐったりしている。顔は人間のものとは思えないほど青ざめている。


 呪血の石は……胸の真ん中に出血したらしい目新しい跡。ここから埋め込まれたに違いない。俺は右手でその服の穴と傷に触れ――


「すみませんねぇ……!」


 陛下の表情が苦悶に歪んだ。ぬるっとした感覚が右手を覆う。この感覚は何とも……。


 石――呪血の石を、俺は『持つ』!


 指が固いものに触れた。そして手の中に収まり、持った。腕を引く。血で真っ赤に染まった右手。そこにはいかにも禍々しい色の石があった。


 ギャアアアアアァー!――


 ダークリッチが耳障りな悲鳴を上げた。その体が宙に浮き上がり、国王陛下の体が分離する。俺はすかさず左手の回復魔法を陛下の傷に当てる。モニヤさんの高位回復魔法だ。効いてくれよ!


「ヴィゴ君!」


 ロンキドさんにお姫様抱っこされたモニヤさんがきた。ダッシュブーツの加速で時間短縮。すかさず俺と陛下の元にきたモニヤさんが、高位回復魔法を唱える。


「ヴィゴ、呪血の石!」


 アウラが叫んだ。


「こっちに! 投げなさい!」


 ていっ! 右手に持ったままの呪われし石を投げる。


「ルカ!」

「ええーいっ!」


 大剣ラヴィーナを振り上げたルカが、呪血の石に渾身の一撃を叩き込み砕いた。さすがの怪力!


「陛下ーっ!」


 シンセロ大臣が掛けてきた。


「陛下は!? 陛下はご無事か!?」

「……ええ、大丈夫」


 モニヤさんが、ぐったり倒れそうになる。


「ちょっと魔力を使いすぎたみたい。でも、陛下は安静にしていれば、じきに目を覚まされるでしょう」

「おお、プリーステス・モニヤ。あなたがいてくださってよかった」

「元プリーステスですよ、大臣。それより――」

「そうだ、ヴィゴ君! 陛下を救ってくれて、感謝するぞ!」


 シンセロ大臣は深々と頭を下げた。あー、はい、恐縮ですが、その前に――言いかけた時、すでにカメリアさんが動いていた。


「まだ気を抜くな!」


 ロンキドさんが声を張り上げ、緊張が走る。彼とアウラ、ヴァレさんが、魔王の欠片を浴びて黒くなった人間だったものに武器を向けている。


 ちっ、こっちも残っていたか! 俺は支えていた陛下の体をそっと床に置いた。俺も迎撃に――と、その前に。


「ルカ、悪い。カメリアさんを手伝って、あそこで倒れているお姫様を保護してやってくれ。ひとりではさすがに」

「あ、はい! 私、行ってきます!」


 言われるまで、先に駆けつけたカメリアさん以外、皆その存在を忘れていたらしく、慌てて走るルカのほか、シンセロ大臣もビクっとした顔になっていた。王様に気を取られてお姫様のことを忘れるなんて酷いなぁ。


 えっと、ディーは――痛みが落ち着いたか、こちらは腕を押さえているものの、先ほどより落ち着いている。全身が黒いモノに包まれることはなさそうだ。今はイラが側についている。


 後は魔術師野郎を取り込んだ黒いモノか。……くそ、魔剣投げちゃったんだよな。……あった。壁にめり込んでら。取りに……いや、魔法で! 


 俺は右手を魔剣へと伸ばす。できるようになってよかった引き寄せの魔法。グラッと魔剣が揺れたかと思うと、俺の手に飛んできた。


 これで得物は戻った。さあこいや!


「ストーンプレス!」

「サンダーボルト!」


 アウラとヴァレさんが、魔法を叩き込む。黒きモノは倒れ……しかし人型でありながら、人間ではありえない曲がり方をしながら起き上がった。


「アイススプラッシュ!」

「これならどうよ! スパイクアロー!」


 氷柱と鋭角的なトゲが刺さる。しかしそれは飲み込まれたように溶ける。


 ロンキドさんが黒きモノに肉薄、手にした剣で首めがけて斬りつける。


 が、駄目! むしろ刃が溶ける!


「これは……!」

「無駄だよ、ただの武器や魔法では、そやつは倒せん」


 ふっと、ダイ様が姿を現した。


「どういうことだ、ダイ様?」

「知れたこと。その黒きモノは、魔王の一部ぞ。滅ぼすなど、聖剣なくば無理だ」

「聖剣……!」


 いや、しかし、そんなものここにはないぞ!?


 シンセロ大臣も絶句し、皆も驚いている。ロンキドさんも「聖剣か……!」と口にした。


「さすがは伝説の魔王。傷をつけることも容易くない、か……!」

「じゃあ、どうすれば!? 師匠!」

「ワタシだって知らないわよ!」


 アウラもお手上げのようだった。ダイ様はニヤリとした。


「まあ、そやつを倒すならば、だな。……なに何もできぬわけではない。ヴィゴ、我を奴に突き立てよ」

「なんだって!?」

「我は魔剣ぞ。魔王の力なぞ、我が喰ろうてくれるわ」


 ダイ様はバッと手を広げた。


「聞いておののけ! 我は暗黒地獄剣、ダーク・インフェルノ! 暗黒の力が宿りし、地獄の業火よ! 我に焼き尽くせぬものなし!」

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