第60話、魔剣の力


 魔王の欠片を浴びて、影人間の化け物のようになってしまった敵魔術師。もはや人としての意思もないのではないか。


 アウラやヴァレさんの魔法も、ロンキドさんの剣もまったく歯がたたない異常な耐久力を持つ。魔王の一部であるその体は、聖剣でなければ倒せない……らしい。


 だが――


「信じてるぜ、ダイ様!」

『ダーク・インフェルノだ! やれ!』


 我らがダイ様が魔剣ダーク・インフェルノに戻り、そして俺は、影の化け物――黒きモノに突っ込んだ。


 頭はあっても、もはや目も鼻も口も見当たらない顔。だがまるで目があるように、俺のほうに向いた。だけど、遅えよ!


「うおりゃっ!」


 魔剣を、黒きモノの胴に突き入れた。ロンキドさんの剣を溶かしたその体。しかし!


『焼き尽くす! 喰ろうてくれるわ!』


 魔剣から黒き炎が迸る。たちまち黒きモノの全身に漆黒の炎が波のように広がったかと思うと、あっという間に消し去ってしまった。


「……え?」


 俺は突きの姿勢で固まった。確かに、そこに敵の体があって、刺した手応えがあったが、その敵の姿は、影も形もない。


『ヴィゴ。もうよいぞ。我が喰ってやったわ』

「なんか、すっごく呆気なかったんだけど」

『あれは所詮、欠片ぞ。大した思考力もない。攻撃が通るなら、倒すのも簡単よ』


 問題は、その攻撃が通らないから倒せなかったんですけどね……。聖剣しか効かないって、魔王マジやべぇな。


「ダイ様は大丈夫?」

『ああ、まったく心配ない。むしろ欠片を喰ろうて、力がある程度戻ってきたわ』

「そうなの? 魔王の力で?」

『うむ。我も魔王も闇の力が糧。相性でいえば悪くない』


 そういうところは魔剣たる所以か。俺は、魔剣を鞘に収める。


 振り返れば、まだ状況についていけてない面々の顔があった。


「とにかく……終わったよ」



  ・  ・  ・



 国王陛下は一命を取り留めた。


 呪血の石なる呪いの石を埋め込まれて、なお無事生還を果たしたのは、国王陛下が初だろうと言われた。


「そりゃそうよ。持ってしまえば何でもできちゃうスキルがなければ、体内から取り出すことだってできなかったんだからね」


 アウラはそう解説した。


 だが俺ひとりの力でもないんだな。確かに持てるスキルが奇跡を呼んだけど、呪血石を知り、またダークリッチの動きを封じてくれたアウラや、上位回復魔法が使えるモニヤさんの存在もまた重要だった。このどれかひとつでも欠けていれば、おそらく陛下を助けることはできなかっただろう。


 なお、王城の黒い装束の戦士は全滅し、王都の魔獣も騎士団によって鎮圧された。王都カルムの危機は、ひとまず去ったのだ。一時は人質になったお姫様も無傷だった。めでたしめでたし。


「ヴィゴさん」

「はい、どうぞ」


 ルカが生還のハグをしてくれた。柔らかいお胸様……。それはともかく、皆、よくやってくれたよ。


「イラもお疲れ。擲弾筒の援護、ありがとう」

「ご無事でなによりです、ヴィゴ様」


 ぱっと、彼女も手を広げた。……ああ、ハグしてってことね。はいはい。うーん、柔らか豊かなお山様。いいのかなぁ、これ。


 と、喜びを分かち合いつつ、気掛かりがひとつ。


「ディー、腕はどうだ?」


 魔王の欠片の影響で、白狼族の少女の右腕は変色していた。さながら黒きモノのように。だが肩のところで侵食は止まっているらしく、痛みも引いたらしい。


「手は動きます。……でも」

「魔王の呪いの力が宿っておる」


 魔剣から出てきたダイ様が告げた。


「触れたものを腐らせ、破壊する手だ。迂闊に触るなよ。溶けるぞ」


 あの影人間のような黒きモノと同じ現象らしい。そんな呪いの力と聞いて、ディーはしゅんとなる。


「ボクの腕、呪われてしまったんですね」


 しかも周囲のものに触ると危ないときた。つまり、いまディーは右手で物を掴んだり持ったりができないし、腕が触れたものも問答無用で腐らせてしまうということだ。


「聖水で清めた包帯を巻け。聖水ならば、魔王の呪いも防ぐ」


 ダイ様が、知恵を貸してくれた。聖水か。さすが祝福された聖なる水だ!


「残念ながら魔王の力が強すぎて、浄化まではできないがな。だが、それを手に巻いておけば日常生活には困るまい」

「とりあえず、よかったな、ディー」

「……」


 ディーは肩を落としたままだった。魔王の呪いを受けてしまったショックのせいだろうか。こればっかりは俺も経験がないから、どういったらいいかわからん。


「――魔王の呪いだってよ」

「触ったらヤバいって」

「大丈夫なのか? 周りに不幸を呼ぶんじゃないか」


 離れたところにいる騎士たちがざわついている。こいつら……。好きでこうなったわけじゃないんだぞ、ディーは!


「ディー、お前、うちのパーティーに来いよ」

「え……?」


 ざわっ、と周りの空気が冷え込んだ気がした。構うもんか。


「で、でも、ボクは……」

「他に行くとこないだろ?」

「ですが……ボクの手は呪い――」

「伝染るもんじゃないんだろ? なら怖がることないよ」


 な、ダイ様? 俺が見れば、魔剣様は「うむ」と頷いた。俺はディーの頭を撫でる。


「お前のその右腕は名誉の負傷だ。白狼の魂を、敵に渡さなかった証なんだ」

「っ」


 あの時、ディーがブーメランを投げなければ、あの魔術師に白狼の魂は奪われていたかもしれない。そうだよ、ディーは今は亡き一族の伝統を守ったんだよ!


「お前は一族の……白狼の魂を守るという使命を果たし、それを守った勇者だ。……胸を張っていい」

「……ううっ、ヴィゴさん……っ」


 涙が溢れてくるディー。おいおい、包帯巻いてなかったら、その腕で自分の顔に傷がつくところだったぞ。癖って怖いと思いつつ、ディーが抱きついてきたので、胸を貸す。


 ルカがもらい泣きし、イラも優しく見守っている。同じく俺たちを見下ろすロンキドさんに顔を向ける。


「いいですよね?」

「ああ。ディーさえよければ、ヴィゴ。お前に任せる」


 だってさ。俺はディーの背中を軽く叩いてやる。


「お前は俺たちの仲間だ、ディー」

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