第58話、王の命、民の命、どちらを救う?


 白狼の魂に傷がついた。そこから漏れ出したどす黒いモノは、黒いローブの魔術師に掛かった。


「うわっ、うああああああああぁっ!」


 絶叫する魔術師の体は、溢れ出た黒いモノに喰われるように全身を呑み込まれていく。


 魔王の欠片。それが侵食しているのだ。


「うっ、あああぁっ!」

「ディー!」


 ディーもまた自身の右手を押さえてうずくまる。どうやら溢れ出た黒いモノが、彼女の右手と腕に掛かったらしい。


 生き物が触れてはいけないものだ。


 俺はディーのもとに駆け寄り、その体を黒きモノから離した。彼女を抱えて、急いで後退。


 って! ダークリッチがこっち見てるぅ!


「ヴィゴさん!」

「ヴィゴ君!」


 ルカが、ヴァレさんが俺の名前を呼んだ。巨大なるダークリッチの手が、俺のほうへ振り下ろされようとしている。


 だがその直後、ダークリッチの顔面に爆発が起きた。


「ええっ!?」


 驚く一同。国王陛下と心はわからないが同体であるダークリッチに恐れ多くも攻撃したのは……イラだった。


 奴隷シスターは、左腕にベルトで固定した擲弾筒てきだんとうを撃ち込んだのだ。


「大いなる神よ、罪深き我を許したまえ」

「何てことを!」


 シンセロ大臣が血相を変える。


「こ、国王陛下に武器を向けるなど……!」

「罰ならば喜んで受けましょう。今のわたしは、ヴィゴ様をお守りするためならば、いかなる罪も恐れません!」


 イラは、いつになく真剣な顔で言い放った。アウラは大臣に言った。


「心配しなくても、あの程度でダークリッチが傷つくものですか」

「し、しかしだな……」

「問題は、このままだとワタシたちも助からないってことよ」


 マジックシールドを展開したことでダークリッチの魔法攻撃は阻止している。


「まあ、閃光と呼ばれたこのワタシレベルだからダークリッチの魔法も防げるけど、それだけでは状況を脱せないわ」

「ダークリッチを止めなかれば、じり貧だ!」


 ロンキドさんは盾を構えて、ダークリッチを睨む。


「ヴィゴ殿! 急いで!」


 カメリアさんが盾を手に呼び掛ける。ディーを抱えた俺はマジックシールドの範囲内に入った。


 相変わらず苦痛にディーが苦しんでいて、モニヤさんが急いで治癒魔法を試みる。ディーの手には、もう白狼の魂はなかった。ヒビが入り、漏れ出したモノが全部外へ流れてしまったのだろう。


 黒魔術師だったものは、黒いモノそのものに取り込まれてしまったようだった。


「――どうやって、ダークリッチを止めるのですか!?」


 ルカの声に、俺は振り返った。


「私が聞いた話では、ダークリッチはただの魔物ではなく、倒すのだって至難の業だって」

「これこれ、まだ国王陛下は生きておいでなのだぞ!」


 シンセロ大臣が口を挟んだ。


「陛下を殺すつもりか!?」

「じゃあ、ワタシたちに殺されろっていうの? アンタは!?」


 アウラが怒鳴り返した。他の者たちは、国王陛下を攻撃することに戸惑い、躊躇い、言葉も出ないようだった。


「ここでワタシたちは逃げても、ダークリッチが城の外に出てしまえば、王都が危ない。国王が死ぬまで動き続けるんですからね! だったら犠牲を最小に留めるためにも、やむを得ない」

「いや、それは大罪だ! 反逆だぞ! 陛下に刃を向けるとは――ひやっ!?」


 マジックシールドの外で電撃が落ちた。ダークリッチさんは、なおも魔法攻撃を繰り返している。……頭悪いんじゃないかこいつ。


「アウラ。国王陛下を助ける方法はないのか?」


 俺が問うと、アウラは眉間に皺を寄せた。


「ないわよ。残念だけど、早くダークリッチを倒して、王を楽にさせてあげることくらい」

「……」


 そんな……、と大臣がガックリと肩を落とす。アウラは告げた。


「聞いてちょうだい。普通、ダークリッチは倒すのは難しいけど、今回のそれは本物ではなく呪血の石による具現化。これを破壊すれば、あの化け物も倒せるわ」

「しかし呪血の石は――」


 国王陛下の体の中。石を破壊するには、陛下の体を直接攻撃しなくてはいけない。


「ちょっと待って……」


 俺は、頭の中に引っかかるものがあった。


「石を破壊すれば、ダークリッチは倒せるんだな?」

「そうよ」

「なら、その埋め込まれた石を陛下の体から取り出せればどうだ? ダークリッチと陛下の体を切り離すことができれば、陛下を救うことができるのでは?」

「確かに理屈の上ではそうだけれど、できるわけないでしょ?」

「どうかな。俺の『持てるスキル』なら、体内の石を『持つ』ことができれば、取り除けるんじゃないかな?」


 あ、と声が漏れ聞こえた。アウラは考える。


「確かに、アナタのスキルならば……何でも持てる神の与えたスキルなら、体内の石を持つことができるかもしれないわね」

「でも危険な賭けよ?」


 モニヤさんが深刻な表情で言った。


「人体からの摘出は、体へのダメージが大きい。仮に取り出せたとして、その時のショックで命を落とす可能性もあるわ。特に今、陛下はダークリッチに力を吸い取られ続けている……」

「取り出せたら、全力で治癒魔法を掛けるしかないでしょ」


 俺はモニヤさんを見つめた。


「このままじり貧になるより、早く実行するだけ陛下を助けられる可能性は上がると思います」

「でも、私の高位回復魔法でもギリギリ及ばないかもしれないわ。イラ、あなたは高位魔法は使えて?」

「いいえ、申し訳ありませんが、わたしの魔法は……」


 イラは目を伏せた。


 多くの怪我人や病人を見てきた元プリーステスのモニヤさん。専門家がそうおっしゃるならばそうなのだろう。


「でも複数掛けなら、可能性はなくはない。そうですね?」

「それはそうだけれど、ここに高位回復魔法の使い手は私しかいない」


 俺は左手を差し出した。


「俺の手が、あなたの高位回復魔法を『持ち』ます。俺が石を取り出した直後に、高位回復魔法を陛下に当て、モニヤさんも高位回復魔法を使えば、実質二人が使ったのと同じではありませんか?」

「っ!?」


 モニヤさんが目を丸くした。


 本当は、片手にひとつずつ持てば、3人同時みたいなことができただろうけど、残念、もう片方の手はは呪血の石を取り出すのに必要なんだね。

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