第57話、禁忌の石


 襲撃者たちは倒れた。


「おお、ロンキド殿。そしてヴィゴ君、よく来てくれた!」


 シンセロ大臣がこちらに来て、頭を下げた。


「騎士団が王都に出ている間に、敵が攻めてきたのだ!」

「だと思って駆けつけたのですよ、大臣。敵の狙いは――」

「白狼の魂、だろうな」


 大臣は眉間に皺を寄せた。


「陛下のもとへ、急ごう。白狼の魂もそこにある」

「陛下はどちらに?」

「王の間だ。王都での非常事態があれば、国王はそちらにて全体の指揮をしたり、報告を受けるのだ」


 ということで、俺たちは大臣の案内で王の間を目指す。


 しかし城内には無事な味方より、敵の数のほうが多いようだった。向かってくる黒戦士を退け、ようやくついた王の間では――


「お父様ぁぁっー!」


 若い女の子の絶叫が響き渡った。見れば、黒装束の戦士に囚われたお姫様らしい娘がいて、その視線の先を辿ると、ウルラート国王が玉座の前で膝をついていた。


 その傍らには、黒いローブをまとった魔術師の姿。


「陛下!?」


 シンセロ大臣が叫んだ。あの黒ローブ! 何をしやがった!?


「ふふふ、少し遅かったな」


 黒魔術師は、こちらを見た。


「たった今、王の体に呪血の石を埋め込んだ」

「なんてことを!」


 アウラが声を荒らげた。えっと――


「ジュケツの石って何?」

「禁呪よ。人を魔物に変えてしまう呪いが込められた石」


 国王陛下が苦悶の声を上げた。その背中がメキメキと音を立てて異様に膨らんでいく。


「お父様っ!!」


 先ほどの姫――ええと名前なんだっけ。ド忘れしてしまったが、その姫様が悲痛な声を上げる。


 国王の背中から、骨のようなものを突き出したかと思うと、みるみる体が大きくなり、巨大なスケルトンと化した。ご丁寧に頭蓋骨の上には錆びた色の王冠が載っている。


「おやおや、これは……」


 黒いローブの魔術師が口元を歪め、アウラは目を剥く。


「ダークリッチ!?」

「ええっ!?」


 ヴァレさん、そしてモニヤさんも驚いた。


「まさか、そんな……。ダークリッチなんて、あり得ない……!」

「あの! ダークリッチって何ですか?」


 ルカが問うた。モニヤさんが、目の前の巨大骸骨の魔術師を見て言った。


「アンデッドの王、それがダークリッチ。不死を願い、禁忌を犯した魔術師が闇の力で転生したものよ」

「まさか、こんな当たりを引いてしまうとはな」


 黒魔術師は皮肉げな顔になる。


「醜いオークかオーガ程度になるかと思いきや、とんだ代物が混ざっていたものだ。だが、これはこれで面白い」


 ダークリッチは自身の下半身と繋がる国王陛下の体を右手で掴むと、自身の右胸の位置に移動させた。肋骨の部分に王の体を融合させる。……さながら心臓とても言わんばかりに。


「言っておくが、王の生命力が尽きれば、この呪血の石から具現化したダークリッチは死ぬ!」


 黒魔術師は言い放った。


「だがわかっているな? つまり王はまだ生きている。そしてこのダークリッチを倒したら、王も死ぬということだ。はっはっはーっ!」


 ダークリッチが、床から浮いた状態で、俺たちのほうへ動いた。


「貴様たちはダークリッチに殺されるか、あるいは国のために王を殺すしかないのだ!」


 黒魔術師が右手を掲げた。その手には白い宝玉が握られている。白狼の魂――魔王の欠片の仮の姿だ。


 連中は魔王の欠片を手に入れたのだ。


「では、さらばだ!」

「逃がすかってえのっ! フレイム――」

「ヴァレ! 危ない!」


 アウラの声に、ヴァレさんは反応する。ダークリッチが俺たちに向けて、魔法とおぼしき電撃を放とうとしていたのだ。


「マジックシールド!」


 アウラが魔法防御の障壁を張り、ダークリッチの電撃を防ぐ。シールドは紫電を弾いたが、反射または逸れた電撃は床や壁を削り、抉った。


「やべぇ……!」


 マジックシールドがなければ、もしかして今の一撃でやられたかも。カメリアさんが叫ぶ。


「親父殿、敵が逃げます!」

「くそっ」


 珍しくロンキドさんが悪態をついた。逃げようとする黒魔術師とその手の白狼の魂。しかし目の前には、国王陛下を取り込んだダークリッチ。


 どちらを優先すべきか。さすがのロンキドさんも即断できなかったのだ。


 さらに囚われのお姫様もいて――いや、そちらは黒装束の戦士が解放したようで、俺たちから離れたところで倒れている。どうやら、黒戦士は魔術師と一緒に逃げるつもりらしい。


 と、黒いローブの魔術師の手に、どこからともなくブーメランが当たり、白い宝玉が落ちた。コロコロと床を転がる宝玉。そこへ飛び出したのが――


「ディー!?」


 白狼族の少女が飛び出していた。さっきのブーメランも彼女か? しかし黒魔術師も、転がった宝玉を拾おうと手を伸ばす。


 俺はダッシュブーツで飛び出した。ロンキドさんは迫るダークリッチに剣を向け対峙していた。アウラは防御魔法。だとしたら、この状況で加速できるのは俺しかいないっしょ!


 部屋の中央へ転がる宝玉。ハイハイするように追いかける黒魔術師。ダークリッチが見えていないのか一直線に走るディー。


 先に掴むのはどっちか。魔術師の指先が宝玉に触れ――しかし弾いてしまう。まだ転がっている。


 そこへディーが滑り込んだ。宝玉をキャッチし、滑るが、その先には黒い装備の戦士が同じく駆けつけようとしていた。


「させるかよっ!」

『お主、また我を投げ――』


 一瞬ダイ様の声が聞こえた気がしたが、構わず魔剣をぶん投げた。ディーに飛びかかろうとした黒戦士は、飛んできた魔剣が胴体に直撃し、壁まですっ飛んでいった。


「このガキがっ!」


 黒魔術師が懐からナイフを抜いた。起き上がろうとするディーにナイフを刺そうと振り下ろす。身構えるディー。ナイフは、白狼族の少女の手にある宝玉に当たった。


「あ……!?」


 どちらの声だったのかわからない。その瞬間、宝玉にヒビが入り、黒くどす黒いモノが溢れ出た。

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