十の扉の物語

さいか

第1話 そして彼らは手を取り合う

 エリア3のとあるところ


 ひどい頭痛で目が覚めた。

 木々の隙間から日の光が見えて、ここが森であることを思い出した。ただ、どうして森にいるのかの記憶が曖昧なままだ。

 野宿は慣れているので寝床は気にしないが、自分がどこにいるのかを把握してないのは問題なのかもしれない。体を動かすと揺れてここが木の上であることを思い出した。

 身の回りを確認してからカバンから食料を取り出す。外で寝てたら追い剥ぎに会うこともしばしばあり、気づいたら一文無しになることもあるため、最近では周囲に罠を張ってから寝るようにしている。一人旅も楽ではない。パンにバターを塗り口に詰め込む。水を1口飲み、支度をする。ゆっくり深呼吸してから木から下りようとしたその時。


「誰か近づいてるのか…」

 まだ視界には入っていないが気配がある。数は2……3人。こちらに気づく様子はないが足音はこちらに向かっていた。移動速度から3人とも走っているようだ。むやみな接触は面倒ごとになりかねないのでこのまま何もなかったことにしようかと思っていた時3人が木の下を通過した。

 2人の男が1人の少年を追っていた。少年は必至に走っておりあとの2人は半ばそこの状況を楽しんているようだ。走るスピードは2人のほうが早いが身長が低い分少年は森の中を自在に駆け回っている。

 明らかに様子がおかしい事に加え、少年の様子から命の危機にあると見たので、思考を切り替え今すぐに助けると決意した。

 走り去ったといってもまだ距離はある。多少面倒ではあるがこちらに気づかれていないので少し遠回りして追いかける。

 あと10m…9…8…少年を視界にとらえた時、突如少年を囲うように黒いドームが現れた。暗い森という状況からみて追手の2人の内どちらかが影を実態化させるエネルギーを持っているのだろう。おそらく日光に弱いから。ドームの中で少年が拘束されていないことを祈りつつこちらもエネルギーを右手に集中させた。

 全力で駆けた速度に加え拳のエネルギーが加わったことで影のドームはあっさり砕けた。


「…誰?」

 少年はそう呟いた。答えたいのはやまやまだが時間がない。拘束されている様子はないことを確認しまずは安堵する。がここで躊躇っていてはすぐに追手に追いつかれるので呆けている少年を抱えて、今度は全身をエネルギーで覆った。

「助けに来た。とりあえず信じてほしい。」

 そう返すとドームに向かって体当たりした。ドームはあっけなく穴を開けた。あるのかは分からないが影の強度は強くはないようだ。

 今起きている状況が整理できていないのかもしくは恐怖からか少年はまだ震えて動けそうにない。ドームの奥にいるからか追手の姿もまだ確認できないのでこのまま少年を抱えてこの場を離れることにした。


 人影も気配もない場所までたどり着いた。まだ森を抜けることはできなかったので、ひとまず木の陰に隠れる。いつ影の攻撃が来てもおかしくはないが、今は情報の整理が必要だ。少年の体の震えも収まっていた。

「俺は渋谷みおっていうんだ。色々なところを旅している冒険者みたいなものだ。君の名前を教えてもらえるかな?」

 少年は少し不安そうだったが、敵意も害もなさそうだとわかったようで小さな声で答えた。

「木野わたる…」

「わたる君だね。ありがとう。少しだけ今起きていることを教えてほしいんだけど、なんであの2人に追われているのかな?」

「分からない…。たまたま家の裏で二人が話してるところを見かけたんだ。ぼくの村の人じゃないし村の外から人が来ることも今までなかったからびっくりしてたら急に追いかけてきて…怖くて逃げてもどこまでも追いかけてくるからここまで来ちゃた。」

 話に嘘はないだろうが、いくつか引っかかる部分もある。そもそもこの近くに村はないはずで、歩いて半日はかかる距離だ。少年…わたる君が幼いことから村がどの『エリア』にあるのかも知らないはずでそもそも『エリア』の移動初段も近くにないとなると話に出ていた村の存在がこの事態の元凶の可能性もある。

「村はどこにあるのかな?ここから近い?」

「行こうと思えばいつでも行けるけど『トビラ』を開くのに時間がかかるんだ。『解錠の言かいじょうのごん』さえ唱えられたら『扉』を閉めるのはすぐできるから逃げられるんだけど…。」

『扉』には2通りの意味合いがある。1つは家などについているようなドアを指すこと。もう1つは今いる『エリア』と別の『エリア』を繋ぐ空間を生み出す装置を指す場合だ。特に後者の場合は2つの固定された『エリア』を繋ぐことができる『』と、すべての『エリア』を繋いでいる『大扉おおと』があり、『大扉』は世界に十しかないため『大扉』は国によって管理されている。しかしどちらであったとしても少年の言うような扉を開けるのに時間がかかることも呪文のような何かを唱えることはない。

 理屈も理解もできないが少年の言うことを信じるしかない。扉を開くために何かしらの呪文が必要となると唱えている間にまたあの2人に見つかって追いつかれる可能性はある。どうしても追いつかれるのであれば足止めをするしかない。

「そしたらいったんこの森を抜けてからその扉を開こうか。ここから少し歩けば原っぱがあるんだ。そこなら見晴しもいいからあの2人を見つけやすいよ。」

 わたるも納得して頷いたが追手の足音が近づいてきていた。足音を立てないように立ち上がり手を取って草原に向かって走り出した。


 森を抜けて草原にたどり着いた。足音はしないがこちらに向かっている気配はある。時間はあまりないようだ。周囲に木もないことを確認してから木野わたると目を合わせる。

 わたるは腰袋から鍵を取り出した。そしてその鍵を何もない空間に突き出す。

「鋼鉄の鎖よ、歪みひび割れ朽ち果てよ。見えざる意思をもって、その道を示せ。」

 そう唱えると何もない空間がぼやけ始める。そしてゆっくり扉の輪郭が見えてきた。

 青銅のような素材でできた扉はお世辞にもきれいとは言えなかったがその色合いからなのか高さが3メートル程あるからなのか何とも言えぬ迫力があった。

「解錠せよ。」

 その一言で、手にしている鍵は光り輝き、扉は重苦しそうにゆっくりと開き始める。

 扉が開ききった時、森のほうから足音が聞こえてきた。

「さっきの人たちだ!」

「早く入るぞっ。」

 わたるの手を引き扉の中へ入る。扉の先に草原はなく村もなかった。そこにはただ暗い空間に一本の透明な道があった。道そのものが光っているからなのか視界が無くなるようなこともない。先のほうで出口なのか光が見える。振り返ると2人の人影が走ってきていた。

「施錠せよ。」

 そう言うと扉はゆっくりと閉じ始めた。

「これ手で閉められないのか?」

「村長でも無理だったからできないと思う。」

 今はすぐにでも閉まってもらわないと困る。急がないと追いつかれるような状況だ。

「この道をたどれば村なんだな?ここで足止めしてるからあとで村で落ち合おう!」

 わたるは頷くと光のほうへ走り出した。その様子を確認した後に、扉のほうに振り替える。完全に閉まるまでは10秒ほどだろうか…みおはどんな攻撃をされても受けきれるように構えをとる。2人の顔がはっきりわかるところまで改めて2人の姿を認識した。1人は黒いコートを羽織っている。年は自分と同じくらいの印象で10代中頃だろうか。もう1人は鎧を身に付けていた。といっても全身ではなく半分…左半身だけ装着しているようだ。義手ではなさそうなので目の錯覚かと思ったが右半身はどこかの軍隊の様な服装なので単にそういう鎧なのかもしれない。

 あと少し…2人の姿が見えなくなる寸前、黒いコートの青年が右手を突き出した。その動きに見覚えがあったわけでもなく、その手にどんな意味があったかも分からなかった。が今までの戦闘経験からその右手が影を操るエネルギーの動作であることを察し、咄嗟に全身を自身のエネルギーで覆った。直後背後に強い衝撃が走る。恐らく扉の向こうから射す日光でできた自身の陰から槍の様なものを突き出したのだろう。

 そして扉が閉まり、静寂が訪れた。

 改めて自分の行動を振り返るがびっくりするくらい何もしてないことに気づき一人ため息をつく。木野わたるは既に村にたどり着いているのだろうか。そう思いながら渋谷みおも道の指し示す先…光のほうへ歩き出した。


扉は静かにその姿を消した。

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十の扉の物語 さいか @saika00

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