第2話 高校入学式 そのニ



千賀先輩の後を付いて行く事、十五分。


裏山の頂上に着いた俺達は、神社を前に

多くの学生服を着た男達を目にした。


見るからに私服の者は一人も居らず、

三種類の制服に身を包んだ学生しか

見当たらない。


白のカッターシャツが制服の西北総合高校。

真っ黒な学ランに身を包んだ蒼海高校。

青のブレザーを羽織っている甲南学院。


伝統的に仲が悪いと言われる三校である。



「ほぇー、結構集まってるなおい」



「チッ……鬱陶しい」



「いや多すぎだろ……」



ざっと百人近くの人数。

あまりの多さに少し酔ってしまう。



「じゃあ僕は三年の先輩に、

君達を連れてきた事を伝えてくるね。

くれぐれも他校と揉めないでくれよ?」



一言告げて走って行く千賀先輩。


いやあんた、連れて来てすぐ様放置って

どうなのよ……。



「しかし周りを見れば、

如何にも不良ですって奴ばかりだなー

…お前ら、虐められないように

気をつけろよー?」



未だに俺と伊崎を見下してる節がある轟は、

ニヤリと不敵な笑みを見せ、バカにしている様に言葉をこちらに投げる。



「あ?豚は自分の心配でもしてろ」



「あんだとコラっ?!」



あーもう、二人ともうるせぇ。

千賀先輩早く帰ってきてくれよ……



「おいおいマジかよ、入学式から金髪って

気合い入れ過ぎだろお前?」



俺が二人の争いに頭を抱えていると、

後ろから声をかけられる。


振り向くとそこには甲南の学生が三人。

耳にピアスだらけのチャラい男を先頭に、

後ろには大柄な男に平均より身長が低い男。


チャラい男はニヤニヤとしながら

言葉を放つ。



「おい、シカトしてんじゃねぇよ金髪」



「……あ?」



「あ?じゃねぇよ金髪野郎。

高校デビューにしては目立ち過ぎなんだよ。

さっさと黒染めするか坊主にして来い、

目障りなんだよお前」



「あぁ!?」



「ぷぷーっ!

ボロクソ言われてるじゃねぇかよ!

おもしれぇ、もっと言ったれチャラ男君!」



「うるせぇ、誰がチャラ男だ豚野郎っ!」



「んだとゴラァっ!?」



おいコラ、轟は何故参加した?

お前しかも手が早いんだよ。

既にチャラ男の胸倉掴んでるし。



「ちょっと待て轟。千賀先輩が揉め事を

起こすなって言ってただろ?」



「あぁ?!関係ねえよ!

ビビってんじゃねぇぞ根暗野郎が!!」



「いやビビるとかじゃねぇだろ」



ちとばっかしコイツは短気すぎる。

今まで自由奔放に生きてきたせいなのか、

誰彼構わず喧嘩売る癖が付いてるな。



「チッ…おいチャラ男、

お前は俺に用があるんだろ?

今すぐ相手してやるからかかって来いよ?」



「おい待てっ!コイツは俺が先にやんだよ、

お前は引っ込んでろ!」



「あ?お前が後から入ってきたんだろうが、

お前が退けよ」



「いや、お前が退け!」



「俺に指図してんじゃねぇよ豚が」



「テメェを先に潰すぞゴラ!」



「やってみろよ」



「……もうやだこの二人」



何でコイツらすぐに喧嘩するの?

あまりにも轟がデカい声出すもんだから

周りの奴らも集まって来てるし……


俺が呆れていると甲南のチャラ男は

大声を上げる。



「テメェらっ!俺を無視してんじゃねぇ!

…決めた、テメェ三人纏めて潰してやるよ!

行くぞお前らっ!」



大声を上げたチャラ男は後ろの二人を

引き連れてこちらに走ってくる。


えー完全にヤル気ですやん。

しかも三人ってもれなく俺も入ってるし……


流石にチャラ男達の接近に気付いた

伊崎と轟はすぐ様こちらに背を向け、

迎え打とうと身構える。


はぁー、めんどくさい。

てか絶対俺は関係ないじゃねぇかよ……


お?俺今なら抜け出せるんじゃね?


二人も俺を視界に捉えてないし、

このままこっそりフェードアウトを……





「こらこら、ストーップ!!!」



チャラ男と轟の間に飛び込んで来たのは

我らをここに放置した千賀先輩。



「こらっ!轟君に伊崎君、揉め事は

ダメだって言ったでしょ!」



「っ!あ、あいつらが突っ込んで来たんで

迎え打とうとしただけだよ!」



「……チッ」



「え?そうなの工藤君?」



「……まぁ、そっすね。

あ、でも轟は相手の胸倉掴みましたけど」



「おいコラっ!チクんなよ根暗がっ!」



「轟君っ!

約束一つくらい守れないと碌な大人に

ならないよ!ほらあっちに行くよ」



「ちょ、耳引っ張んなよ!

何気に力強えんだよあんた!痛いわっ!」



千賀先輩が轟を連れて行く様はまるで

言うことを聞かない我が子を、

無理矢理連れて行くように見えて

少し笑える。



「……興が削がれたわ」



ポツンと呟いたチャラ男は伊崎に

指を刺して答える。



「俺の名前は須藤 雅すどう まさる

おい金髪と根暗。次会ったらシメるから

覚悟しとけよ。あの豚にも行っとけ」



一言告げた須藤は取り巻き二人を連れて

離れて行った。


何故か俺は根暗認定されてるし。

俺、完全な無関係なのに……



「……チッ」



須藤の背中を睨見ながら見送った伊崎は

無言で千賀先輩の後を追うため歩き出した。


一言、巻き込んで悪いくらい言ってくれても

バチは当たらないと思うんだけどなー…


俺は溜息を吐きながらも伊崎同様、

千賀先輩の元へと足を進めた。




千賀先輩の元に着くと、

周りは同じ制服の者達ばかり。


その人数は三十人以上で何故か殆どの学生が

ソワソワと落ち着きない様子でいた。



「千賀先輩、轟は?」



「ん?あぁ、彼ならトイレに行ったよ。

耳引っ張ってここまで連れて来たんだけど、

気付いたら彼の耳が真っ赤でね。

冷やしてくるってさ」



ははっと笑いながら答えてくれる千賀先輩

だが、なかなかバイオレンスな一面がある

事に俺は少し引いた。


だって満面の笑みで話すんだもん、

ちょっと怖いわ。



「そ、そっすか。

周りの奴らはソワソワしてるんですけど、

何かあったんすか?」



「ん?あー…みんなは今日の集まりを

詳しく知らないからじゃないかな?

まぁ、もうすぐ始まるから大人しく

待っててね」



ん?何か少し隠した感じがしたな…

まぁ、問題ないから追求はしないけど。


しかしあれだ、現在の時刻は昼の二時。

入学式終わりの山登りで腹が減って

仕方ない。



「千賀先輩」



「なんだい工藤君?」



「腹減ったので帰って良いですか?」



「え?!だ、ダメだよ!

もう少し我慢してくれよお願いだから!」



焦った様で答える千賀先輩。

その必死様子を見た俺は帰る事を

諦める事にした。

…だってマジの表情してるんだもん。



「はぁー…じゃあ飲み物買ってきます」



「あ、うん!自販機はあそこだから」



「うっす」



一人離れ自販機の元へと足を進める。

道中、他校の生徒からの多くの視線を

感じたが気にする事なく自販機に到着。


小銭を入れ、少しでも腹に溜まりそうな

炭酸ジュースを買おうとすると、

後方から伸びて来た指によって

勝手に買われたお茶。



「…なんだと?」



振り向くと顎髭が目立つ、

同じ制服を着た男性。

風格からして歳上であるのは間違いないが

俺の心情は揺れていた。


普段から揉め事を嫌う俺は、

決して自分から問題事を起こさない。


だが腹が減ってるお陰で若干苛立ちもあり、

加えて自分のお金で買おうとした物を、

見ず知らずの奴に勝手に買われる始末。


結論、腹が立った。



「おいコラ、あんた俺の金で何勝手に

お茶なんて買ってんだよ?」



なので先輩相手でも口が悪くなるのは

致し方ない。

顎髭男は悪戯が成功したかのように、

ヘラヘラと笑いながら答える。



「あははー、ごめんごめん。

弁当食べてたらお茶欲しくなるじゃん?

飲み物欲しかったんだけどお金忘れてさ、

ちょうど君が買おうとしてたからついね」



「いや知らねぇよ、

こちとらそれどころでは…ん?ちょっと待て、

あんたの弁当ってまだあるのか?」



「え?あるよ」



「くれ」



「……え?」



「くれ」



「……まぁ、お茶と交換ならいいよ」




顎髭男と交渉に成功した俺は、

自販機から移動して僅かに陽射しの当たる

ベンチへ到着。


そこで渡された弁当に俺は食らいついた。



「おぉ……めっちゃ美味い」



「だろ?特にこの唐揚げなんか絶品だぞ?」



「どれどれ………うまっ!」



「お前期待通りの反応してくれるなっ!」



空腹に心地よい刺激を与えてくれる弁当は

本当に美味しくてたまらなかった。


食べ終えて腹も膨れた俺は一息付く。



「ふぅーっ……マジで美味かった」



「そいつはよかった。

お前の食いっぷり見てたら

こっちも気分が良くなったわ、あんがとな」



ニシシっと笑う顎髭男は

嬉しそうそう答える。



「いや、マジで美味かったです。

さっきは舐めた口聞いてすいませんでした。

弁当いくらですか?」



「ん?タメ口でいいぞ?

それにさっきのは俺も悪かったからな」



「さすがに先輩にタメ口は……」



「良いんだよ、俺のお手製弁当を気持ちよく

食べてくれたんだ。だからもう家族みたいな

もんだよ」



「は、はぁ……え?この弁当は先輩が

作ったんすか?」



「おぅ。俺の趣味は料理でな、

毎日弁当は自分で作ってるんだよ」



「ほぇー……ご馳走様でした先輩」



「おう、お粗末様。

俺の名前は谷地 薫やじ かおる

お前は?」



「工藤一誠です」



「そうか一誠、お前は一年だな。

今日は他校と揉め事は起こしてないよな?」



「実は……」



谷地先輩は不思議な人だ。

会って間もないにもか変わらず

安心できる雰囲気をだしており、

俺は無意識に警戒を解いていた。


なので俺は自然とさっきまでの一連を

彼に話していた。



「……何とも巻き添えだなそりゃ」



「ですよねー……」



「まぁ血の気の多い奴が今年は多いんだな。

分かった、千賀に目を光らせとくように

ちゃんと言っとくよ」



ん?千賀先輩の事を呼び捨て?

この司令官みたいなニュアンスの言い方は

もしかして千賀先輩より上の人?


んー……まぁ、気にしないでおこう。



「谷地さーーんっ!!」



「お、噂すればだな」



声を上げてこちらに走ってくる千賀先輩。

汗をかいてるのが目に映り、真面目に探していたのがよく分かる。



「探しましたよ谷地さんっ!

谷地さんが来ないと始まらないって

みんな探し回ってるんですから!

それに蒼海と甲南の頭もカンカンに怒ってるんですから!って工藤君?!何で一緒に?」



「お、マジか?あいつらうるせえからな…

仕方ない、お茶買って行ってやるか。

あんがとな千賀。一誠、また後でな」



「うっす、弁当また食わせて下さいね」



おうっと笑顔で答える谷地先輩は

ダッシュで去って行った。


俺はとりあえず千賀先輩を

落ち着かせるために飲み物を渡す。


すると先輩はゴクゴクとお茶を飲み干し、

息を整える。



「ふーっ…ありがとう工藤君。

それで、どうして谷地さんと?」



「いや、弁当もらって食べてました。

美味しかったです」



「えー……あの人が簡単に自分の弁当を

渡すなんて…実は工藤君って大物?」



「ん?どう言う意味ですか?」



「だって谷地さんはよっぽど信頼してる人にしか自慢の弁当をあげたりしないんだよ?

僕だって最近初めておかずを一品もらった

ばかりだからね……」



あの人の事だからみんなに振る舞ってると

思ったけど、何かしら資格がいるようだ。


でも俺は単純にお茶と交換しただけだから

たまたまと思うんだけども。



「千賀先輩、谷地先輩って一体何者ですか?

先輩が敬語使うくらいだから三年とは

思いますけど……」



「んー…まぁ、すぐに分かるよ。

とりあえず僕と一緒に戻るよ工藤君っ!

ほら行くよ!」



「……うっす」



俺は千賀先輩に急かされるまま、

先輩の後を追った。


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