サービス

 最低限のオプションしかないが文句は言えない。もう金は無いし、残された時間もわずかだろう。


「それではもう一度、ご契約内容のご確認をお願いいたします」


 眼前のモニターに映るスーツ姿の男が言う。


「エージェントは二十代男性。風貌と服装はロケーションに見合ったものとなります。性格は真面目で態度はフランク。話し方は丁寧な標準語」


 緩やかな角度のついたベッドに背中を預けている俺は、太腿の上に置いた右の人差し指を上下に動かして了承の意思を伝えた。


「メッセージの伝達対象は当時二十九歳のお客様ご自身。対象とエージェントとの接触は、他人から声をかけられても不自然ではない場所で、かつ偶然を装うことを最優先。ご利用になられるお時間が一時間ですので、状況によってはやや強引な方法を取ることもありますが、対象に危害を加えるようなことはありません」


 最初のアプローチが肝心だ。ここだけは間違いなく自然な形で対処してもらいたい。不自然であっては警戒心の強い俺は話を聞かないだろう。


「メッセージ概要は高齢者との不干渉。伝達方法は比喩および婉曲表現、またはそれらに準じた曖昧な表現に限られます。なお、エージェントは対象からのいかなる質問にも答えることはできません」


 二十年以上も前、老人の介護施設の職にありついた俺は、三ヶ月ほど経った頃の宿直中に火事に遭った。原因は入居者によるタバコの火の不始末。それも出火元は互いに離れた位置にあった二ヶ所。熟睡していた俺は逃げ遅れ、火傷はある程度の回復を見せたものの身体の大部分に麻痺が残り、以来こうしてベッド上での不自由な生活を強いられる羽目となった。


 施設の避難経路や設備にも問題があったのかもしれないが、直接の原因となったのは老人たちだ。だからといって、すでに他界した彼らに対して腹癒はらいせをする方法はない。たとえ彼らが生きていたとしても復讐して何になるというのか。


 憎しみの前に本懐を忘れるのは愚かなことだ。ネガティブな信念に基づく行動はネガティブな結果をもたらす。もとより、私怨を払拭するためだけに数百万もの大枚などはたけやしない。


 本当の狙いは過去にメッセージを送信できるというこのサービスを利用して、現在の俺の惨めな状況を回避することにある。


「エージェントが対象からサインをもらい、お客様のもとに証拠のPDFファイルが転送された時点で契約履行となります。なお、このサービスはお客様のメッセージを対象へと伝達するものであり、対象がお客様のメッセージに従って行動することを保証するものではありません」


 当時の俺に学はなかったが馬鹿でもなかった。遠回しの表現であれ謎めいた言い回しであれ、勘の鋭かったあの頃の俺ならばメッセージに気づくだろう。介護施設への就職さえ避ければ済む話かもしれないが、選んだ低料金のプランでは直接そのように伝えることはできない。それなら大事を取る意味でも年寄り全体を避けるよう仕向けたほうが都合がいい。


「ご希望であれば、詳細な台詞の設定や身近な人物をエージェントの代理とするなど、さらに自由度の高い充実したオプションをリーズナブルな料金でご案内可能です」


 右手全体を上下に動かしてモニターの男にノーと伝える。


「かしこまりました。それでは二から四営業日以内にエージェントを手配いたします。この度は弊社のサービスのご利用ありがとうございました」



                              了

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キャッチ 混沌加速装置 @Chaos-Accelerator

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