第3話 甘美な時間

 遠藤は、早死にの家系だ。

 昔から近所の人に言われてきた。

 父方の親戚は、病気や事故で若くして亡くなる人が多かった。

 了の父親は、知人から借金をして返済できずに自殺。父親の代わりに働いて借金返済した母親は、過労が原因で他界。

 一人っ子だった了は、母方の祖父母に引き取られた。

 祖父母はいつも元気で、優しかった。根を詰めて働いていた母親を見ていた了は、祖父母も急に死んでしまうのではないかと思ってしまったが、その不安は、祖父母を大切にしようという思いやりに変わった。

「真澄ちゃんのところかい?」

 夏休みになり、出かけようとした了は、祖母に呼び止められた。

 まさか噂になっているのか、と了は身構えてしまったが、祖母は噂話に耳を貸すような人ではない。

「この前、真澄ちゃんに会って挨拶されたんだけど、了ちゃんが弟みたいで可愛いみたいよ。真澄ちゃんはお友達が少ないみたいだから、了ちゃん、真澄ちゃんと仲良くしてあげな」

 祖母は、メロンアイスだけでなく、祖父が冷蔵庫で冷やしていた缶コーヒーまで持たせてくれた。

「たまにうちに遊びにおいで、って、真澄ちゃんに言っておあげ」

 了は、ビニール袋にメロンアイスと缶コーヒーを入れ、いつもの神社に向かった。

 神社の裏の森に、真澄はいた。

 強い日差しと蝉時雨に打たれるように、天を見上げている。

「真澄ちゃん」

 了が呼ぶと、真澄は涼しく微笑んだ。

「アイスとコーヒー、ばあちゃんから」

「ありがとう」

「それと、うちにあそびにおいで、って、ばあちゃんが言ってた」

 メロンアイスを木のスプーンで掬う真澄を、その唇が艶めかしく動く様を、了は注視してしまう。

 あの唇の柔らかさは、まだ覚えている。

「溶けちゃうよ」

 真澄に指摘され、了は自分のアイスを口に運ぶ。

「食べさせてあげようか」

「大丈夫だよ!」

「了は可愛いね」

 以前の真澄は、冗談なんてほとんど言わなかった。口数も多くない。

 なんとなくこの場所に来て、会えれば同じ時間を過ごす。会話は少ない。一緒にいるだけで幸せだった。

「アルバイトしたいけど、できないんだ」

 唐突に、真澄が口を開いた。

「警察官の息子がアルバイトなんて、だらしない、って。学生なんだから勉強しろって。携帯電話は夜は没収されちまう。夏休み前から言われていたんだけど、親父に隠れてバイトの面接を受けていた」

 真澄の父親は、警察官だ。交番の、いわゆる「お巡りさん」で、通学路の見守りや小中学校の交通安全教室でよく見かける。この辺りの子どもは、真澄の父親を知っている。温厚な雰囲気の人だが、やはりお堅い一面もあるのだろう。

「昨日、コンビニのバイトに採用されそうだったんだけど、巡回に来た親父に見つかって……」

「ストーカーかよ」

 了は軽く突っ込みを入れてしまったが、すぐに後悔した。

 真澄は自分の上腕をつねり、歯を食いしばっていた。目が泳いでいる。

「真澄ちゃん?」

 了が呼ぶと、真澄は我に返り、缶コーヒーを一気飲みする。飲み終わると、深く溜息をついた。

「俺もストーカーだな。了のこと、ここで待ち伏せている」

「俺も真澄ちゃんのストーカーだよ。ここに来れば会えると思ってる」

「了は可愛いね。いつまでも、今みたいな純粋無垢な了のままでいてほしいのに。それなのに」

 真澄は、了の頬を手のひらで包むように撫でる。今まで見たことのない、まるで猫が甘えるような表情で、了を見つめる。

「可哀想に。俺なんかに気に入られてしまうなんて」

 体を寄せられ、唇を重ねられる。口の中が甘ったるくて、気持ち悪いのにぞくぞくと気持ち良い。もっともっと欲しくて、自分からねだってしまう。それに気づいた真澄は、口づけを止めた。

「了は俺みたいになっちゃ駄目だからな」

「なんで? 真澄ちゃんに見合う人になりたいよ」

「悪い子だ。お持ち帰りして、お仕置きしたい」

 汗が滴る了の髪を手櫛で梳き、真澄は眩しそうに目を細めた。

「冗談だよ」

 真澄の表情や仕草は、クラスメイトとこっそり閲覧する写真集のどの女の人よりも、了を溶かしてしまいそうな危うさがあった。

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