07. ド田舎の薬師
特効薬を村長へ渡すと、フリードは胸を張った。
「自信作、ですね。この桃色がこれだけ透き通っていれば、まず間違いなく治るはずです」
ただし、とフリードは付け加える。
「この薬は確かに特効薬ですが、これ一つで完治はしません」
「どういうことだ?」
村長の訝しがる視線にも、フリードは動じない。
「薬一つですぐに完治するなんて、それどんな魔法薬ですか。継続して何度か飲むこと。それと、十分な休息と栄養、適度な運動が必要ですよ」
病人の治療の基本ですよ、と笑えば、村長は安心したように息をついた。
「ルッツ君は、部屋にいますか?」
「あ、ああ。すぐに連れて来よう」
「いや、僕たちが行きましょう。休息は大切ですよ」
人を呼ぼうとした村長を言葉で静止して、フリードは歩き出す。足元に散らばった羊皮紙や器具を踏まないように慎重に歩きながら、これを片付けるのは面倒だなあと思う。
「部屋の片づけは家の者にやらせる。早く行こう」
愛息が苦しめられていた病から解放されるかもしれないと、村長は焦る気持ちを抑えきれないらしい。その様子に、気持ちはわかる気がする、とフリードは頷いた。
ルッツの部屋を覗くと、ベッドで本を読んでいるルッツと目が合った。
薬ができたと伝え、再度注意点を村長とルッツに伝える。
「薬はあくまで補助です。魔法薬ですから、薬草よりは効果は高いですけど。それと、間違った薬の場合はすぐにわかりますが、正しい薬なら効果は徐々にあらわれます」
だから、即効性がないからといって疑わないでくれと。逆に即効性がないことが正しい薬だという証明だと念を押す。一般的な治療薬と魔法薬の違いはここだ。
医療者が使う物は別として、普段手に入る治療薬は少し間違えたぐらいで直ちに命に係わる物というのは少ない。効果も劇的ではなく、あくまで補助的だ。一方で、魔法薬は危険性こそ高いが、徐々に根治に向けて回復する、治療の主体となるものだ。
傷薬のように瞬時に回復する魔法薬もあるが、それはほんの一部に過ぎない。
「ただまあ、ルッツ君の痛む喉や苦しい呼吸は少しは緩和されるかな、と思います。一日一回、一瓶飲んでください」
手元には一週間分の瓶を用意している。これが尽きるころには、痛みや咳は大分和らぐと思う。
一週間後、空瓶と引き換えに新しい薬を渡すつもりだと伝える。そこまで聞くと、村長は瓶を一つ手にした。
「ルッツ、飲めるか?」
「ん、飲む」
息を詰まらせながら頷き、ルッツが薬瓶を受け取った。暫しの時間、手元の薬瓶を見つめていたが、ぎゅっと目を閉じて覚悟を決めたようにルッツはその薬を飲み干した。
一時間が経ってもルッツの病状に変化はなかった。けれど、それこそが調薬の成功の証だと、先ほど伝えていた。
村長は改めて応接間でフリードを迎えていた。
「フリード、薬をありがとう」
「依頼成功、ってことで良いんですね。村長」
確認のためフリードが問いかければ、村長はしっかりと頷いてくれた。これで、フリードの村への移住権が認められたことになる。
「お前さんみたいな若くて腕のある薬師が村にいてくれりゃあ、反対なんかほとんど出ないだろうよ。こっちからお願いしたいぐらいだ」
村長の言葉に笑顔だけで答える。定住と仕事が決まったところで、フリードは一つ村長に聞きたいこともある。
「ところで、この村は空き家とかありますか?」
「んあ、家か。そうか、家」
薬師の家はただの家ではいけない。店舗を兼ねた建物であり、調薬の匂いもあるので一般の住宅からは離さないといけない。そんな条件を満たす家は、きっと二年前までいたという薬師の家ぐらいだろう。けれど、最近来たという細工師がその家を使っているという。
「薬師の家でなくても構いません。ただ、雨風を凌ぐことができれば」
「いや、それなんだが」
言いづらそうに頭をかく村長に、首を傾げる。過疎が進むこういった村では、空き家もそれなりに残っているものだと思っていたが。
「一応空き家はなくもないんだが、所有者がそれぞれいるんだよ。村の持ち物だっていう家は、今空いてなくてな」
それはつまり。
「え、僕、住む家自分で建てないといけないんですか」
「すまんが、そうなる」
村長の言葉に思わず開いた口がふさがらない。
キーカの家の宿を使わせてもらうつもりではいるが、一週間もすれば新しい家に移れると思っていた。けれど、一から家を建てるとなれば、それは十倍近く伸びることになる。
とはいえ、ルッツの薬のこともあるので、この村を離れる訳にもいかない。
脱力するフリードに、村長は家ができるまでの宿代と大工を急いで連れてくることを約束してくれた。
幸せになる薬は賢者の石より難しい 由岐 @yuki-tk
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