06. 特効薬

「お客さん、大丈夫ですか?」

 倒したキラーウルフを担ぎながら歩くフリードに、キーカが心配そうに声をかける。体を切り裂かれたキラーウルフはその傷口が氷漬けになっているので、他の獣こそ寄せ付けないが、そのまま置いておけば腐敗する。それは何とももったいない、とフリードが運んでいるのだ。

「大丈夫ですよ。師匠にこき使われて、これでも体力はありますから」

 あ、でも薬草は持ってくれると助かります、とフリードが笑えば、キーカはそれはもちろん、と頷く。

 泉まではもう少しだ、ということで、耳をすませば確かに水音が聞こえてくる。

 よいしょ、とずり落ちてきたキラーウルフを担ぎなおして気合を入れなおした。

「その大きな樹の先が泉です。この辺りにも、薬草ありますか?」

「うん、ありそうです。ここに魔獣が住み着かない理由もわかりました」

 理由? と首を傾げるキーカに、薬師特有の勘みたいなものです、と笑って答える。足元にある赤い実をつけた草も、裏側が青い肉厚の草も、知らない人間が見たらただの雑草にしか見えない。けれど、薬師からしたら天国のような環境だ。

「ここは、『神代の薬草園』だ」

「神代の薬草園?」

 柄にもなく、気分が高揚するのがわかる。こんな、師匠が探し求めていた場所が、こんな所にあるなんて。

「そう。ここならきっと、どんな薬草でも育つ。手に入る。まさに薬師の楽園です」

 一般的に貴重だと言われる薬草が、雑草のようにそこかしこに自生しているこの環境は、研究にも調薬にも最高の環境だ。この泉だって、とても透き通っていてそれだけで薬になるような力を秘めている。

 担いでいるキラーウルフの重さも忘れて、飛び上がりたいぐらいだと思う。

「機嫌が良いのはいいんですけど、お客さん。ルッツの薬草はどれですか?」

 摘んで帰らないとですよね、と言うキーカの言葉に我に返る。浮かれていたことを自覚して、少し頬が熱くなる。

「あ、その赤と青の実をつけた草がそうです。根っこから持って帰りたいですね」

 実も薬にはなるが、今回作る薬の材料はその根だ。傷つけることなくそっと掘り起こすと、持ってきた麻袋に土ごと入れてキーカへお願いする。

「これで、ルッツ君の薬が作れます」


 村に戻った時も、ひと悶着あった。

 なんせ見たこともない魔獣を背負って戻ったのだから、それも当然だ。けれど、村長は王都で討伐経験があったのだろう。珍しくもないと、集まってきた村人たちを落ち着かせてくれた。

「待っていたよ、フリード。しかし、あれはどうしたんだ」

 村の近くでは見かけなかった、一匹しかいないが他はどうした、と村長も聞きたいことはあるらしい。フリードの耳元でこっそりと問いかける村長に、フリードは苦笑いを浮かべた。

「はぐれ、みたいです。一匹だったので、持って帰りました。肉は村へ渡しますよ」

 納税の代わりです、と言えばまだ移住は許していない、と笑う。けれども、薬師としての腕がなくとも、キラーウルフを仕留められるのならこの村にいても良いと思っているのだろう。キーカに聞けば、村には猟師も少ないらしい。

「調薬をしたいのですが、どこか器具を広げられる場所はありますか」

「そうだったな。俺の家に部屋を用意している。そこで頼む」

 薬の話に切り替えれば、村長も表情を引き締めた。

 キラーウルフを村長へ預け、部屋へ入るとまずは器具の点検。初めて使う物ではないが、旅の途中は最低限しか点検もできなかった。

「キーカさん、薬草ありがとうございます」

「あ、うん」

 キーカから麻袋を受け取って、羊皮紙に魔法陣を描く。それを見る視線が二つあることに気付いて、フリードは顔を上げた。

「村長もキーカさんも、見ていきますか?」

 調薬はそんなに難しくないですけど、といえば、二人はこくりと頷くのだった。


 今回調薬するのは、単純な病気の特効薬。材料さえ集められれば、調薬自体は魔道具を使わなくても作ることができる。だから、フリードにとってはさして珍しくもない作業だが、村から出たことがないキーカからすれば珍しかったのだろう。羊皮紙に魔法陣、見たこともないガラスの器具の数々。その目は好奇心できらめいているのがわかる。村長はそんなキーカのお目付け役、といったところか。

「じゃあ、キーカさんに説明しながら作ろうか」

 フリードの申し出にも、何度も頷くキーカがおかしくて、つい笑みがこぼれた。

 魔法陣を描いた羊皮紙の上に薬草を三種類置く。ここで魔力を通して性質を変質させる。

「変質?」

「変化させるってことだよ。これ、このまま使うと毒だから」

 え、と一歩後ずさるキーカだが、村長の顔色は変わらない。傷薬を作る時にも使う普遍的な薬草だが、草のまま使えば効力が強すぎるというのは知っている人は知っている話だ。

 変質させた薬草の内、紫色の物を取り出すとすりこ木で潰していく。潰すうちに段々と白い粘り気のある液体が出てきたので、それを掬い取る。残った二つの薬草は蒸留水につけて、その蒸留水の中に白い液体を溶かしいれた。

「後はこれ。取ってきた根を墨にして、この中に入れるんだ」

 加熱して墨にすることで、薬効が派生するのだと師匠から聞いてはいる。詳しい原理についてはしっかり復習しないとな、と思いながら最後の工程に取り掛かった。

「これで、完成」

 出来上がった薬は、墨を入れたというのにほんのり桃色の色がついていた。

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