05. キラーウルフ

 キラーウルフの脅威はその牙だが、同時に薬師からはその牙は有難い材料にもなる。

 また、野生動物特有のその素早さも人間からは十分に恐るべきものである。

 キラーウルフとにらみ合ってどれぐらいの時間が経っただろう。自分が食らいついたはずの腕が瞬時に治っていく様は、魔獣から見ても奇怪だったのだろう。警戒がありありと見て取れる。

 けれども所詮は獣。いつまでたっても動かないフリードにしびれを切らしたのか、予備動作なしに再度フリードへ飛びかかってきた。

 それをフリードは待っていた。

 握りしめた右手を開けば、そこには氷のナイフがあった。

「魔術・アイスファング」

 飛びかかってきたキラーウルフの喉元を狙い、慣性の法則にしたがえば獣の口の端から切り裂かれた。

「牙には牙、ってね。キーカさん、もう大丈夫ですよ」

 右手を一振りすれば氷のナイフは跡形もなく消え去る。笑顔でキーカへと振り返ると、彼女の顔は凍り付いていた。

「ま、じゅつ……?」

「ええ、魔術です。初めて見ました?」

 キーカの表情に、フリードはあー、と頬を掻いた。


 魔術、と呼ばれる術がある。

 日々同じ行動を繰り返すことで、それが神々への祈りとなり、力の一旦を借り受けることができる術である。魔法細工と違うのは、だれでも扱えるものではないことと、全く同じ術はない、ということ。

「魔術師なんて呼ばれる人は酔狂だと思いますけどね」

 曰く、強力な魔術を使う人間は一日中その行動でがんじがらめだそうだ。

「僕はほんの少し、簡単な魔術しか使えませんから」

 だから安心してください、とキーカに伝えるも、その目から警戒の色は消えない。

「魔術師って、僕は別に押しつけも何もしないんですよー」

「だって、神様を信仰してるんでしょう」

 キーカの言葉に、それはそうですけど、とフリードは言葉を濁す。

 実際、一人の神を信仰してその神々への祈りを日常生活の中で儀式として行うことで力を借り受ける魔術は、その才覚など関係なく誰でも使える。それでも、魔術など使いたくないという人間が大半の理由はここにある。

「ただ一人の神様だけを信じるなんて、受け入れられない」

 キーカの言葉が全てだ。さらに言えば、キーカのように言う人間に、自分の信仰する神の素晴らしさを伝え、押し付けようとする魔術師も多い。それが余計に魔術師に対する白い目に繋がるなんて考えもしないのは、おめでたい。

「だから、じゃあわかりました」

 そんな脳内お花畑で思考停止している魔術師なんかと一緒にされたくない。フリードは、自分の手の内を晒すことにした。

「僕が信仰しているのは海の女神です。全てを受け入れ、敬い、慈しむ女神です。信仰するもしないも自由。その女神に誓います。僕はキーカさんに信仰の押しつけなどしません」

「そんなの、口では何とでも言えるじゃないですか」

「誓いを違えたら、僕は今後一生魔術が使えないですよ」

 そう、神々は誓いと契約を重視する。神の名に誓えば、それを違えた時は最悪死に至る場合もある。そこまで説明して、やっとキーカは一歩フリードへ近づいた。

「村の皆にも、強制しない?」

「しませんって。そんなの、僕にとって何の得にもなりませんし」

 ただの薬師ですよ、と笑って見せれば、ようやくキーカは肩の力を抜いた。

 それに、とフリードは一人思う。

 あの村長は、王都で冒険者をしていたと聞く。それならば、きっと魔術と儀式は何等かの形で続けているだろうと。

 冒険者はその職業柄、戦う力を欲する。ならばこそ、こんなに戦いに役立つ力を手に入れない訳がない。ましてや、人が集まる王都ならばなおさらに。

 そして、一度儀式が日常へ溶け込んでしまえば、それは一生続けてしまう類のものもある。フリードでさえ、大嫌いな魔術の儀式を続けてしまっているのだから。

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